「ゲホッ・・・ぅ・・・」


小さく呻いて、口元を拭う。

手に何も付かなかったことに安堵して、開いていた本にしおりを挟んで閉じた。

数回深呼吸すれば、ヒューヒューと喉が嫌な音を立てた。

病状は、よくなっていない。

しかし幸いなことにそこまで悪くもなっていない。

これ以上スザクに疑念を抱かせるわけにはいかない。

嘘を、吐いた。

何が自律神経の問題だ、と自嘲の笑みを浮かべる。

心配をかけたくなかった。

所詮これは自分勝手なエゴにすぎない。

嘘を吐いていた事を知れば、彼はきっと怒るだろう。

はぁ、とため息が漏れた。

そういえば最近スザクは見舞いにこないな、と考える。

最近といってもここ2,3日のことだが。

愛想を尽かしたか、嘘がばれたか。

それとも大学の生活が忙しいのか。

どれかはわからない。


「ス、ザ・・・ク」


名を呼ぶ。

しかし室内にいるのは自分だけだ。

その名を呼ばれて応える者はいない。

先ほど閉じた本の、革製の表紙に触れる。

最後にスザクが見舞いに来たときに、大学の図書室から借りてきてくれたものだ。

他にやることもないから、5回ほど読み返してしまった。

片手で持つのが辛いほど厚く重い本。

もう内容を覚えてしまった。


「俺は・・・」


柄にもなく弱音を吐きそうになったとき。

病室のドアがノックされる。

医者か、看護師か。

スザクか。

入室を促すと、そのどれでもなかった。

現れた女性を見て、記憶を漁る。

見覚えがあった。


「えーっと、確か・・・スザクの陸上部の・・・」

「マネージャーよ。」


彼女は眼光を鋭くした。

彼女の左頬が、はれ上がって紫に変色している。

見るに痛々しい。


「スザクならここにはいない・・・というより、その頬・・・大丈夫ですか?」

「貴方のせいよ。スザク君がここにいないのも、私の顔が腫れているのも。」

「・・・え?」

「スザク君ね、今停学中なの。」

「なん、で・・・」

「私を殴ったから。」


頭の中が真っ白になった。

あの、スザクが。

そんな言葉ばかりが頭の中を駆け巡る。


「ねぇ、貴方達って、どういう関係?」

「関係・・・友達だと、俺は思って・・・」

「友達じゃないわ。」


彼女は言い切った。

無意識のうちに、傍らの本を掴む。

本に触れている手のひらに汗が滲んだ。


「貴方達、おかしいもの。異常だわ。もし本当にただの友達だったら、そんなに依存したりするかしら。」

「依存・・・」

「貴方が、スザク君の人生をぶち壊してるの。」


スザクは、見舞いのせいで部活に出ない。

このままでは大会に出れないし、何より彼はスポーツ特待生だ。

大会に出場したり、そこで成果を残さなければ大学から追い出されてしまう。


「貴方の存在がスザク君を狂わせているのに・・・いい加減気付いたら?」


頭が痛い。

吐き気がする。

それはきっと自身を蝕む病のせいではない。

友を。

スザクを狂わせる。



「ねぇ、ランペルージ君から言ってくれない?練習に出ろ、って。」



目の前が、一気に暗くなった。




紫と、涙



自覚と負の感情








自分で言うのもアレですが、この女ウザイっす。
なんだろう、この典型的な昼ドラは。