「ねぇ、ルルーシュ。」
「ん?」
ルルーシュは、手元のノートパソコンのキーボードを叩く手を休めて、かけていた眼鏡を外した。
ピントが合わずぼやける視界がはっきりすると、スザクが今にも泣きそうな顔をしているのが見てわかった。
重症だな、とルルーシュは苦笑する。
「どうした?」
「なんで、まだ入院してるの?」
「・・・まぁ、検査入院だから。」
「いくらなんでも長すぎる。」
ルルーシュが倒れてから、既に一か月。
一度も退院していないことに疑問を抱いても仕方がない。
「あんまり心配するなよ。俺が不安になるじゃないか。」
「でもっ・・・」
「俺はこの通り元気だ。むしろ休んでいる間のレポート作成で忙しいが。」
これで、納得してくれればいいと。
ため息をついて展開しているファイルを保存した。
パタリと閉じたノートパソコンを傍らに置いて、追求するようなスザクの視線から逃れるようにベッドに身を倒してブランケットを引き上げた。
「スザク、お前次の講義もう始まるぞ。」
ルルーシュが入院している病院は2人が通う大学の付属病院だ。
広大な敷地内に位置する大学と病院の間を行き来する生活。
最近ではスザクはあまり講義に出たがらなくなった。
こうやって背を押してやっても渋々、といった風だ。
「僕は・・・」
「留年したら困るだろう。俺は休学届を出しているが、スザクはそうじゃないんだから。ちゃんと単位は取れ。」
手をのばして置いてあったスザクのバッグをとり、それを彼に押し付ける。
受け取ったスザクは悲しそうな顔をして。
講義が終わったらまた来るから、と言い残して病室を出て行った。
思わず、安堵の息を吐く。
「・・・っ!」
胸が痛くて苦しい。
シャツに皺がよるのも厭わずに胸元を手で鷲掴んだ。
何かを吐きだしそうな勢いで立て続けに咳込めば、口内に広がるのは鉄の味だ。
スザクが出て行くまで、我慢できてよかった。
先ほどの安堵はそれだ。
「・・・はっ・・・あ・・・」
我ながら『仮面』を被るのがうまいなと思う。
スザクに、知られたくない。
いずれはバレてしまうだろうが、それでも。
少しでも長く。
ベッドの中でもぞりと動いて身を縮めた。
********
それから一ヵ月後、ようやっとルルーシュから自律神経の問題で長期の入院が必要だと告げられた。
命にかかわるようなものじゃないから、と微笑んで。
心を乱したスザクをルルーシュは宥めた。
命に関わるような重大な病気ではない事に安心はしたものの、妙な胸騒ぎは消えることがなかった。
結局毎日、スザクはルルーシュの見舞いに行く。
一応講義には出ているが、陸上の練習にはまったく顔を出さなくなった。
講義が終わればすぐにルルーシュの元へ向かうからだ。
そんな生活が、もう2ヶ月以上続いたある日。
「スザク君、今日はちゃんと練習に参加してね。」
構内で声をかけてきたのは陸上部のマネージャーだ。
練習に出ていないことを咎めるかのような口調で近づいてきた彼女から、すっと目を背ける。
練習なんて、そんな。
そう思ったけれど、流石に気分が乗らないとは言えず、もっともらしい言葉を吐いた。
「講義が終わったら・・・友達のお見舞いに行くから。」
「そういえばランぺルージ君、まだ入院してるんだよね。」
どこか悪いの?
悪気があるわけでもなんでもなく、ただ無邪気に彼女は問いかけてくる。
それは一番、自分が知りたかった。
あまりにも入院が長すぎる。
でも彼は「自律神経の乱れだ」と言って、それ以上のことは何も答えてはくれない。
思わず涙が出そうになって慌てて踵を返す。
「じゃあ、急いでるから。」
「スザク君!」
制止は聞かない振りをした。
それでも、その次に響いた声に感情が逆撫でされる。
「スザク君、ちょっと異常だよ!」
歩みを止める。
心は、妙に静かだった。
まるで嵐の前の静けさ、とでもいうように。
「ランぺルージ君の事気にしすぎ!友達なのはわかるけど・・・友達の域を超えてる!それは『依存』じゃない!?おかしいよ!」
なにが?
自分でも驚くほど、低く唸るような声が出た。
彼女の身体がびくりと震えたのを視界の隅でとらえたが、気にしている余裕がなかった。
「なにが?何もおかしいことなんてない。僕と彼は友達だ。心配するし、早く良くなってほしいとも思う。早く退院して、彼と一緒に大学に行くんだ。彼は料理が上手だから時々弁当も作ってくれるし、勉強も教えてくれるし。早く一緒にいたいんだ。早く、早く、早く・・・」
「彼のために人生を棒に振るの!?あなたはきっとすごい選手になる!でもこのまま練習にもでないでっ・・・」
「興味ない。僕はルルーシュと一緒の大学に入りたかったけど彼ほど頭が良くなかったから。だから諦めてスポーツ特待で入っただけだ。こんなの・・・ただの口実にすぎない。」
心が、どんどん冷えていく。
目の前が暗くなっていく。
目の前の彼女が、傷ついたような表情を浮かべていた。
泣きたいのは僕の方だと叫んでしまおうかと思った。
彼女が叫ぶ。
「ランぺルージ君なんてっ・・・早く死んじゃえばいいのよ!」
反射で、拳を振り上げた。
自分の力は強かった。
女性の身体なんて、簡単に吹き飛ぶ。
壁に打ち付けられて呻いた彼女を見ても、何の感情も湧いてこなかった。
ただ見下して。
吐き捨てる。
「次、そんな事言ったら・・・」
それだけで、彼女の瞳に涙が浮かぶ。
彼女が震える。
まるで恐ろしいものを見るかのように。
それが愉快で、スザクは嗤った。
「殺すよ?」
何かが、音を立てて崩れていった。
黒と、心
脆く、弱い
狂気(くるるぎ)くん、降臨。
ここからどんどんいろんな人の精神状態がアブなくなっていきます。
因みに今回も2話分をくっつけたので、全10話くらいと宣言しましたが5話くらいで終わりそうです。