リノリウムの廊下。
鼻につく消毒液の臭いにはもう慣れた。
毎日通うその空間に、着実に溶け込んでいる。
すれ違う看護士には「毎日ご苦労様」と声をかけられるし、走り回る子供達にやんわりと注意してやれば彼らは「後で遊んでくれるなら」と条件をつけてくる。
後でね、と声をかけながら手を振った。
目指すのは最上階。
そこに彼の部屋がある。
1番奥にあるその場所は、追いやられているわけではなくて、ただその部屋が1番静かで、差し込む日差しが暖かいからだ。
ドアをノックしようと手を出したとき壮年の男性に声をかけられた。
その男性は、目の前の部屋の住人の主治医だ。
彼は眉を寄せてスザクに話しかける。
その内容に、スザクも同じように眉を寄せた。
彼がこうやって話しかけてくるときは、まずあまり状況が良くない時だ。
主治医に別れを告げて、まず深呼吸。
それから白の、飾り気のないドアをノックする。
返事はない。
それは予想済みだ。
静かにドアを横にスライドさせる。
この部屋の利点ともいうべき暖かい日差しが、彼を照らしていた。
ベッドに横たわる、彼。
白い肌と、合判するかのような黒い髪。
病院服ではなく白いカッターシャツを纏っているせいか、シーツの白にすっかり溶け込ん
でいるようだった。
骨の浮き出た腕から、点滴のチューブがのびている。
静かに眠る彼の穏やかな表情に安堵しながら、瞼にかかった前髪を払ってやった。
ん、という声が漏れて、瞼が震える。
ヤバイと思ったときにはゆっくりと瞼が開いていった。
覗くのは紫電。
アメジストの宝石のようにも見える瞳が、覗き込んでいた己を映す。
ぼーっとしていた焦点が次第に定まって、彼の目元が緩んだ。
「スザク」
「ルルーシュ」
起こしちゃった?
そう申し訳なさそうに問い掛ければ彼は首をゆっくりと振った。
「スザク」
ルルーシュが手招きする。
首を傾げて 顔を近づければ、彼の手が伸びて髪をくんと引かれた。
ほんの少しだけ、痛い。
ルルーシュの力は弱いから、それほど苦でもないのだが。
「痛いよ、ルルーシュ。」
「自業自得だ。」
「僕が何したって言うのさ。」
「昨日、俺を起こさなかっただろう。」
「あー・・・。でも・・・」
「でも、じゃない。」
昨日ルルーシュを見舞ったとき、彼は眠っていて。
起こすのはよくないからと、1時間ほど寝顔を見てから帰ったのだ。
それがどうやら不満らしい。
「ちゃんと起こせって言っただろう。」
「だって折角眠ってるのに・・・」
「・・・・・・」
「・・・わかった。次から気をつけます。」
じっと見つめてくる視線に耐えきれなくなって、いつも先に折れるのは自分だ。
ため息をついて、ルルーシュの頬に手を添える。
「先生に聞いたよ。さっき・・・発作、起こしたんだって?」
「・・・言うなって言ったのに。」
「残念、君の情報は僕には筒抜け。」
「俺のプライバシーはどうなる。」
「諦めて。」
どうしても強がる癖がある。
それはルルーシュの本来の性格であって、もう変えようがないのかもしれない。
少し血色の悪い頬を一撫でして、大丈夫かと問いかける。
「薬入れたから・・・平気だ。」
ルルーシュが視線を泳がせて、それを追うように視線を動かした。
腕に繋がれた点滴。
そのチューブが伸びた先の、液体が入ったパックに記された文字を見る。
ああ、と。
思わずため息が出そうになって、何とか堪えた。
「眠くない?」
「まだ・・・大丈夫、だ。」
「うん、あんまりそうは見えないけどね。」
「それより、身体・・・起こしたい。」
「横になっていなきゃ。」
「横になってばかりなのも疲れるんだ。」
はぁ、と。
今度は思い切りため息をついてしまった。
ルルーシュが少し不機嫌そうに眉を寄せる。
仕方がないか、と割り切ってルルーシュの枕元に腰かけた。
細く折れそうな身体の下に手を潜り込ませて、ゆっくりと身体を起こしてやる。
自分の身体に凭れさせるようにすれば、まるで後ろから抱き締めているようだった。
「辛くない?」
「ああ。」
それきり黙り込んだルルーシュは、やはり眠いのだろう。
目を細めて、眉を寄せていた。
「ルルー・・・」
「お前、学校は。」
「・・・大丈夫、ちゃんと行ってます。練習もしてるよ。この前自己ベストが出た。」
「そう、か。」
そろそろ限界かも。
ルルーシュ様子を見て感じた。
目を開けているのもどうやら辛いようで、瞬きを繰り返している。
「ルルーシュ。」
「・・・ま、だ。」
「駄目。もう限界だろ?また明日も来るから、ね。」
そう言うと、ルルーシュは諦めたように瞼を下ろした。
微かに動いた唇が、すまないと告げていた。
強い薬の副作用で、ルルーシュが一日に起きていられる時間は限りなく少ない。
それでも他にその身体を蝕むモノを抑える方法がなくて。
昨日も、今日も。
そして多分明日も。
彼は眠りに落ちることを余儀なくされる。
まるで眠り姫のような彼の白い肌に、そっと口づけを落とした。
白と、君
〜prologue〜
やりたかったこと1.眠気に耐え切れないルルーシュがスザクの腕の中で眠りに落ちる。
実際そこまで眠くなる副作用の薬があるかは・・・いつものご都合主義で勘弁してください。
細かい設定は次回で説明がある・・・はず。