ブリタニアは負けた。

中華連邦やその近隣諸国を吸収して勢力を拡大した最大の敵、黒の騎士団。

軍は尽く破れ、ブリタニア皇帝はゼロによって闇に葬られた。





ゼロは、零になった。









 零 に な っ た 日











エリア11という名を捨てた日本。

正しくは本来の名前を取り戻したのだ。

エリア11に移り住んでいたブリタニア人は大抵が本国へと戻っていった。

日本に残っているブリタニア人は少数派だが、日本人とは友好関係を築いている。

支配する人間と支配される人間。

そんなことなど関係なく、ただ同じ『人間として』。

もうこれ以上、醜い争いはしないでくれ。

日本を開放した後、黒の騎士団のトップであるゼロはそう演説で告げた。

イレヴンとして支配され蔑まれた辛さを知る日本人だからこそ、支配する側に立って同じことをしてはならない。

説いたゼロに日本人も賛同した。

日本の皇族には神楽耶が復帰し、天皇として象徴の役割を果たしている。

藤堂や扇などの黒の騎士団幹部であった者達も今は政治を動かす国の中心にいる。

ブリタニアといえば、次期皇帝の座には第一皇子オデュッセウスが就いた。

政治力はないものの争いを好まないその性格はこれからのブリタニアに必要だと臣民に望まれてのことだ。

勿論その隣で第二皇子シュナイゼルが宰相として敏腕を揮っている。

世界は、『優しい世界』になろうとしていた。







ナイトオブセブンを退任した枢木スザクは、一軒の家の前に佇んでいた。

日本の、とある山奥。

保護区として立ち入り禁止になっている場所にその家はある。

誰も近づけないように。

ひっそりと隠れ忍ぶように建ったその家にスザクの目的はある。

家の前に立ってスザクを出迎えたのは新緑色の髪を持った少女だった。


「C.C.」

「久しぶりだな、枢木スザク。そろそろ来る頃だと思っていたよ。」


踵を返してエントランスに続くドアを開けたC.C.は少し振り返って。

それを合図として受け取ったスザクはその後に続いて家の中に入った。

案内されたリビングのソファーに腰掛けると、目の前のカフェテーブルにはティーセットが置いてある。

淹れろとばかりに視線を送ってきたC.C.に苦笑しながらスザクはポットを手に取った。


「ラウンズを辞めたそうだな。」

「もう僕に力は必要ないから。」


上質な茶葉の香り。

ティースプーンで掬い取った茶葉をティーポットの中に入れて少量の湯を注ぐ。


「日本が解放されたからか?」

「それもあるけど・・・日本の解放は僕の悲願でもあったし。」


蒸らした茶葉は一層芳しい香りを鼻腔に届けた。

残った湯を注いで、出来上がった紅茶をティーカップに注ぎC.C.へと差し出す。

彼女は一口含んで小さく「43点」と呟いた。


「君は・・・どうしてまだここにいるの?」

「いてはいけないか?」

「そうじゃないけど」

「それが、私の願いだから」


C.C.が目を伏せる。

今の願いはかつての願いとは違う。

かつての願いが叶えられることはなかったが今の願いは叶えられている。

その内時がくればかつての願いも叶うだろう。

満足だ、と彼女は笑った。


「お前は・・・アイツに会いに来たんだろう?」

「会わせてはもらえないかな?」

「会わせてやるさ。だがアイツはここにはいない。」


スザクは首を傾げた。


「正しくはいる。でもいない。」

「どういうこと?」


すっと、C.C.の視線が後ろに送られる。

そこにあるのは一枚のドア。

そのドアの向こう側にC.C.は思いを馳せている。






「アイツは、壊れてしまった。」


















ただの簡素な木のドア。

それが妙に重く、厚く感じた。

押し開けると、中からは新鮮な空気が溢れてくる。

窓を開けているせいだろう。

風が薄いレースのカーテンを揺らしている。

一台の車椅子。

その背もたれの上から黒の髪が覗いている。


「ルルーシュ」


久しぶりに呼んだ名前。

何の画策も無く、恨みも無い。

ただ一人の友として名前を呼ぶ。

しかし彼はそれに反応を見せなかった。

室内を移動して車椅子の前に躍り出る。

白い頬。

綺麗なアメジストだったはずの両目は白い包帯で覆われていた。

力無く車椅子に身体を預けたルルーシュはピクリとも動かない。

包帯に手を伸ばす。

シュルシュルと音を立ててそれを解くと、スザクは息を呑んだ。

目元に無数の引っかき傷がある。

虚ろな双眸に光は無い。


「自分を責めているんだ。」


ドアに凭れ掛かるようにC.C.が立っていた。


「放っておくとな、掻きむしるんだ・・・自分で。」


元々肌の色が白いせいで、その傷は余計にその存在を誇張していた。

C.C.が何かを投げて寄越す。

受け取ったそれは軟膏で、恐らくは塗ってやれ、ということだろう。

黙ってケースの蓋を開け、少量を指で掬う。

優しいハーブの香りがした。

そっと軟膏を傷口に塗りこんでいく。

ルルーシュはやはり反応を示すことは無い。


「ねぇ、ルルーシュ。」


彼は答えないがそれでもいい。


「僕を見てよ。」


視線はただ窓の外に向けられている。

きっと窓の外を見ているわけでもないのだろうけれど。


「なんか久しぶりだと照れるね。本当にしばらく君に会っていなかった・・・僕に会う勇気がなかったから。」


恨まれているだろうと。

自分が彼に向けて抱いた感情をきっと同じように彼も自分に抱いているだろう。

そう思うと会うのが怖くなった。

なんてズルいのだろう。


「僕ね、君を赦そうと思うんだ。シャーリーが死ぬ前・・・僕に言ったんだ。僕は『赦せない』んじゃなくて『赦したくない』だけなんだって。」


あの頃は理解はできても納得はできなかった。

ここまで来るのに、随分と回り道をしてしまった。


「だから僕は君を赦そうと思う。君は・・・僕を赦してくれる?」


図々しいかな、とスザクは笑った。

しかし次の瞬間、込み上げてきたものを抑えきれずにスザクの目から涙が零れた。


「赦して・・・くれるの?」


ルルーシュは泣いていた。

声を上げるでもなく、しゃくり上げるのでもなく。

ただ静かに涙を零していた。

近寄ってきたC.C.はルルーシュの車椅子の肘掛に身体を預けて、頭からすっぽりと抱え込む。

慈しむようにその黒い髪を撫でた。

親友の、マリアンヌの血を色濃く引いた艶やかな黒。


「ルルーシュは誰よりも、弱かったよ。」


頬を伝い落ちた涙を拭いながらC.C.は自嘲の笑みを浮かべた。


「業を背負わせるにはコイツは優しすぎた。」


異母兄のクロヴィスを殺した。

異母妹のユーフェミアを殺した。

理解し、手を差し伸べてくれたシャーリーを死なせてしまった。

ロロは自分を庇って死んだ。

実父を殺した。

多くの命を奪った。

戦後ルルーシュは罪悪感に苛まれ、自身を傷つけ蔑み、ついには心を閉ざした。

逃げに奔ったと言われてしまえばそれまで。


「それでもコイツは私の願いを叶えてくれたよ。不老不死のこの身が望む安らかな死。もう私にギアスを司る力は無い。コイツと一緒に衰え、そして死ぬ。」


ギアスはこの世から消えた。

もうC.C.の力も、ルルーシュの王の力も無い。


「私の願いはいずれ叶う。それまでコイツと一緒にいる。それが今の私の願い。」


すっとC.C.がドアの方を見た。

そこには赤い髪の女性が立っていて。

スザクは苦笑した。


「君は紅月カレン?それともカレン・シュタットフェルト?」


買い物に行ってきたらしい彼女は手に持った袋を床に置いた。


「私はカレンよ。ただの、カレン。」

「ではカレン。君も僕を憎む?」


それを言われたカレンは瞠目した。

そしてやがて穏やかに微笑む。


「憎まないわ。」






『もう・・・誰も憎むな。』





「それがルルーシュの・・・ゼロの最後の言葉だもの。」


室内を風が吹き抜ける。

スザクは「そうだね」と言って、力の篭らないルルーシュの手の甲に口付けを落とした。









































あとがきという名の補完説明

メキメキと力をつけた黒の騎士団はブリタニアを倒しました。
ぶるぁ皇帝はルルーシュが殺しました。
ナナリーはV.V.に殺され、V.V.はルルーシュとC.C.が殺しました。
ルルーシュは人目を避けてひっそりと暮らしてます。
富士の樹海あたりで(嘘)
C.C.とカレンは精神崩壊したルルーシュの面倒を見ています。
ジェレミアはルルーシュの指示で本国に戻り、オデュッセウス陛下の騎士になりました。
スザクはラウンズを辞めましたが、ジノとアーニャはまだラウンズです。
星刻は残り少ない時間を天子様と穏やかに過ごしてます。
アッシュフォード家は爵位を取り戻し、咲世子さんはミレイさんのところに戻りました。
ミレイ以外の生徒会メンバー(といっても残り少ないけど)はルルーシュの現状を知りません。
コーネリア殿下は不甲斐無いオデュッセウス陛下の尻を叩いています。


あと誰か書き忘れてないかな・・・
ぶっちゃけ小説内で名前が出てきた人以外の設定は適当です。
なんとかスザルルっぽいものを書きたくて頑張ったんですが、結局はC.C×ルルみたくなっちゃいました。




2008/07/18 UP
2011/04/06 加筆修正