「落ち着いたか?」
差し出されたマグカップの中身はコーヒーで、スザクは少しだけ目を見開いてしまった。
驚いてしまったのはただ単に、彼がくれる飲み物はいつも彼が淹れた紅茶・・・というイメージが強かったせいだろう。
怪訝そうに眉を寄せたルルーシュになんでもないと声をかけて口に含む。
ミルクと砂糖がたくさん入っているようで、染み渡る甘さに目を細めた。
神根島から戻ると黒の騎士団はブリタニア軍に圧されていて、一先ずは撤退になった。
それでもブリタニア軍はかなりの戦力を削られている。
今残った団員が総出でKMFの整備を急いでいるから、それが終わり次第畳み掛ける予定だ。
スザクはぼぅっとしながら彼の顔を見る。
ルルーシュは仮面していない。
スザクが割ってしまって替えがないのだ。
一年前の、ほんの少しだけ襟足が短い黒髪。
汗で張り付いた髪をタオルで拭きながらマントを脱いだルルーシュは、ふぃに小さく呟いた。
「ナナリー・・・」
結局彼女は見つからなかったのだ。
ナナリーのための『ゼロ』。
この頃はまだ、そうだったはずだ。
「スザク、俺を捕まえないのか?」
「どうして?」
「俺はユフィを殺した。」
「そうだね。でもそんな気なかったってことは君から聞いた。」
「・・・は?」
「ねぇ。ルルーシュ。」
「なん、だ・・・?」
「もし僕がこのまま黒の騎士団側について、ブリタニアを壊したら・・・そうしたら、君は生きてくれる?」
わけがわからないという表情。
イレギュラーに弱いルルーシュは、ここにきてスザクがそんなことを言い出したことに動揺を隠せずにいる。
確かにスザクが味方につけば戦況は大きく変わり、圧倒的優位にたてることは間違いない。
それほどまでにスザクの身体能力とKMFの操縦技術は素晴らしいものだ。
しかし、何故。
その表情に相応な言葉を、彼は返してくる。
「お前が何を言っているのか・・・わからない。」
「うん、僕もあんまりわかってないんだ。ただ・・・僕は過ちを犯してしまったから・・・同じ轍を踏みたくない。」
「過ち?」
「そう、君をこの手で」
殺す、なんて。
ルルーシュはそれに目を見開いていた。
驚くのも無理はない。
今会話している目の前の人間に、自分が殺されたなどと言われれば。
ルルーシュは困惑しながらもスザクの手をとって、己の胸に手のひらを当てさせた。
どくどくという微かな振動が、彼が生きているということを伝えてくれる。
「俺は生きている。」
「う・・・ん。だから僕は未来を変える。」
神根島でスザクはルルーシュを拘束し、ブリタニア皇帝に差し出してラウンズという地位を得た。
憎しみあい、お互いを分かり合うのが遅くなって。
やっと分かり合った頃には既にルルーシュは世界の変革の犠牲になることを決意してしまっていた。
今考えれば、何もかもが遅すぎたのだ。
「僕はこの手を、君を殺すためにじゃなくて守るために使いたい。」
「守る?俺を?」
ゼロである俺を?と皮肉めいた笑みを浮かべたルルーシュ。
また涙が浮かびそうになるのを堪える。
「君の血はとても温かくて・・・とても冷たかった。剣で貫いた君の身体はとても柔らかくて、でも僕のせいで硬くなっていった。もうそんなのは嫌なんだ。今僕が恨んでいるのはゼロの仮面をかぶる君じゃなくて、僕にゼロとしての役割を科して、僕に君を殺させた未来の君だ。」
「俺が、お前に・・・ゼロをやらせただと?いつの話だ。」
「一年後くらいかな。あぁ、もう二年後くらいになってるかもしれない。」
「はぁ!?」
「このまま僕が君の敵でいた場合、僕は君を殺すことになる。そんなのはもう嫌なんだ。」
未来の出来事の話をするなんて狂ったのかと言いたげな視線に苦笑しながらスザクはまたコーヒーに口をつける。
彼の淹れてくれたコーヒーを、永遠に飲んでいられたらいいのに。
そんなことを考えながら目を閉じる。
未来が変わることを望む自分が、酷く滑稽に思えた。
そして、世界が廻る