「ただいま」
いつもなら聞こえる、走りよってくるようなパタパタというスリッパの音が無い。
もう夜も遅いというのに家に明かりは灯っておらず、ゼロは走り出した。
嫌な予感に汗が滲み出る。
飛び込んだリビングには誰もおらず、ソファーの上に仮面とマントを脱ぎ捨てた。
まさか、と。
自室に走る。
そこで、彼は倒れていた。
パソコンの画面はスクリーンセーバーになっていて、マウスを少し動かすとそれまで見ていたらしいホームページ。
ゼロ、そして悪逆皇帝。
ああ、知ってしまったのだと。
唇を噛み締めて彼を横抱きにする。
パソコンの電源を入れたまま離れてしまった己の落ち度。
もしかしたら、思い出してしまったかもしれない。
先ほど投げ捨てたマントと仮面を避けて、ソファーに彼の身体を横たえる。
相変わらず細くて、軽かった。
マントを彼の上にかけて、その青白い顔を覗き込む。
そっと頬に手を伸ばした時、彼の瞼が震えた。
ゆっくりと開かれた瞳がゼロを捉えて、彼が表情を綻ばせる。
「おかえり」
「た・・・だい、ま・・・」
「・・・あ、すまない。夕飯の準備をまだしていなかった。」
「いや・・・いいんだけど・・・」
彼はいつもと変わらなかった。
記憶が戻っていないのだと、ゼロが安堵の息を吐きかけて、止まった。
彼が起き上がって、じっとゼロを見つめていたからだ。
彼は悲しそうに笑った。
「どうして、俺を殺さなかった?」
「・・・っ・・・」
「約束しただろう、スザク。」
「そ、か・・・思い出したんだね、ルルーシュ。」
彼・・・ルルーシュは自らの胸のあたりに手を当てた。
そこには瘢痕があるのみで、少し皮膚が盛り上がっている。
貫かれて死ぬはずだった、その傷。
「・・・っ・・・!」
ゼロ・・・スザクが口元を手で覆った。
ルルーシュは困ったように笑って、スザクの肩に手を置く。
「すまない。もういいよ。」
「ル、ルー・・・」
「俺が悪かった。」
吐き気を何とかやり過ごして顔を上げたスザクの目から涙が零れ落ちる。
「お前にだけ重荷を背負わせてしまったな。」
「そん、なこと・・・」
「安心しろ。もう一度俺を殺せなんて、そんなことを言うつもりは無いから。」
罪を償い終えたわけではない。
それでも、十分に苦しんだ。
もういいんだよ、とルルーシュは微笑む。
生き延びてしまったのだから、あとは生きて罪を償うだけ。
「ありがとう、スザク・・・俺に『償うこと』を許してくれて。」
かけられていたゼロのマントをスザクの背にかけて、ルルーシュは立ち上がった。
床で倒れていたから身体の節々が痛いらしく、大きく伸びをしている。
それから何事も無くキッチンに歩いていって冷蔵庫の中を物色し始めた。
その様子を呆然と見つめるスザクは何も言えない。
「スザクー。」
「へ、あ・・・なに?」
「夕飯、何が食べたい?」
夕飯。
この期に及んで、夕飯。
「なん・・・」
「なんでもいいっていうのは却下だからな。それが一番困るんだ。」
いつもと変わらない。
彼は笑っている。
生きている。
記憶もあって、棄てたはずの名前を呼んでくれる。
それが、どうしようもなく。
「本当に何でも、いいんだ・・・君が・・・作ってくれるなら。」
「・・・恥ずかしい奴だな。」
顔を赤らめたルルーシュに、どうしてか胸が躍って。
スザクは走り出した。
勿論、彼を抱きしめるために。
自分ではちゃんと救済したつもりです。
自分では頑張った方な甘さです。