嗚呼、また繰り返すのだ。
状況を理解したとき、そう思った。
優しさに満ちた世界で喪った悲しみを抱きながら生きるのは辛かった。
だからといって、過去に戻りたかったわけではなかったのに。
咲世子はアッシュフォードの屋敷の庭で、箒を持ったまましばらく立ち尽くしていた。
空は青い。
庭は緑で溢れていて、いくら没落した貴族とはいえ絢爛さは健在だ。
しかし未来に起こることの全てを知った今、それまで綺麗に思っていたその庭ですら霞んで見えた。
どうするのが一番いいのか分からなくて、途方に暮れて。
一先ずは休みを貰った。
このままアッシュフォードに仕えていれば、いずれ会いたい人に会える。
しかし、ただ待っているだけでいいものなのだろうか。
どういうわけか未来に起こることが全て分かってしまって、自分の道も見えた。
ただ、それが起こるまで、のうのうと過ごしていていいものか。
だからといって、自分一人で何かが出来るとは到底思えない。
所詮己は世界にとってはちっぽけな人間でしかないのだから。
未来が見えて、一寸先が闇になってしまった。
部屋に籠って考えているだけでは気が滅入ってしまうから、とりあえず散歩でもしようかと呑気な事を考えて外に出る。
そこで、咲世子は信じられないものを見た。
アッシュフォードの広大な屋敷の、その門の前で佇む男性。
見覚えのある、深い海のような色の髪。
独特の仮面はなかったものの、一目で彼だと悟った。
しかしどうせ記憶があるのは己だけだろうと、通行の邪魔にならないよう道の端に移動する。
彼は、咲世子に気づいたように目を見開いて、驚くことに声をかけてきた。
「貴殿は、この屋敷の使用人か?」
「はい」
「大公爵殿に取次を願いたい。」
「ご用件を伺っても差し支えありませんか?」
「・・・人を、探している。何よりも大切な、生涯ただ一人と誓いを立てた『主』を・・・。」
彼は、悲しそうに目を細めた。
そこまで会話して、咲世子はまさかと心臓を脈うたせた。
まさか、彼も。
彼もそうなのだろうか。
息を呑んで、震える声を出す。
「私も、探しております。騎士ではない私が、騎士道に殉じてもいいと思わせてくださった・・・最上の主を。」
騎士道に殉ずる。
その言葉に彼は反応したようだった。
目を細めて、片手を差し出してくる。
「久しいな、咲世子」
「ジェレミア卿」
「今は『卿』などと呼ばれるような身分ではない。軍は辞したし、辞する前もこの時代では私はただの下っ端であったからな。」
「それでも、あの方の騎士でいらっしゃいますから。」
彼の手を握って、固く握手を交わす。
幾分若く見える外見では、馴染みのある彼の口調も不思議とおかしく思える。
苦笑しながら見上げたジェレミアはやはりアッシュフォードの屋敷を切なげな瞳で見つめていた。
「まだ君も、あの方にお会いしてはいないのか。」
「迷っておりました。叶うならば今すぐにでもお傍でお仕えしたい・・・ただ、あの方にも同じように記憶があるとは限りませんし、もし・・・本当にやりなおせるならば・・・私はあの方の道を阻んでしまうかもしれない。」
生きていてほしかった。
彼がそう決めたのだから、仕えると決めた自分はそれに従うしかなかったけれど。
もし、どこか他に道があったなら。
「私は・・・ずっと・・・」
「私もだ。ずっと・・・ずっと、この命が尽きるまで。」
傍にいたいと、そう思った。