パンッと音を立てて、教科書を閉じた。
それには周囲に座っていた学生も、教師すらも驚きの表情を浮かべる。
気にする様子もなく、その教科書とノート、筆記用具。
更には教科書に隠しておいた間食用のサンドウィッチまで鞄にしまいこむ。
こうしてはいられない。
勉強なんてしてられない。
やること。
できること。
それらを成すため、高らかに宣言する。。
「ミレイ・アッシュフォード、本日早退しまーっす!!!」
見合いは、散々断ってきた。
いくら大貴族の家に生れ、諸事情から没落したその家を建て直す為とはいえ、女の身としては大恋愛の末結婚したい。
無理だとはどこかで分かっていても、諦めずに夢見て歩んできた人生。
それを今、無に帰す。
否、無にというのは語弊があるだろう。
ちゃんとした目的のため、未来を選んだのだから。
「元大公爵ルーベン・アッシュフォードが孫娘、ミレイ・アッシュフォード。ロイド・アスプルンド伯爵に婚姻の申し込みに参りました!」
ブーッと誰かがお茶を吹いた音がした。
その音を耳で捉えながらも、ミレイは目の前の男から視線を外さない。
相変わらず人間に対しては死んだ魚のような目を向ける男だなと思いながら、ミレイは返事を待った。
「い〜ですよぉ〜。」
そう言うと思った。
「まぁ僕なんて所詮なんちゃって伯爵ですけどねぇ、大公爵のお家復興のためがんばりましょ〜。」
「ありがとうございます!」
彼の同僚らしい研究員の一人ががたりと席を立って、「いいんですか!?」と声を荒げたのを軽くあしらい、ロイドは飄々と笑う。
「ねぇねぇ、ミレイくん?君は何のために復興目指してるの?」
「大切な人を、守るためです。」
「その為に人生棒に振れるの〜?だって、相手ボクですよぉ〜?」
「棒に振ったとは思いません。私は私の出来ることを、精一杯成し遂げたいだけですから。」
「君を犠牲にして、その人が喜ぶとでも思ってるの〜?」
「思いません。だから、その罪悪感を餌に彼を生きさせるの。」
もし、本当に申し訳ないと思うなら。
精一杯、幸せに生きることを約束してほしい。
「ごぉか〜っく。よし結婚しよ〜。ってまだ君どう見ても結婚できる年じゃないねぇ。」
「婚約でお願いします。」
「はいはい。あ、セシルく〜ん。セシルく〜ん?」
何かに気づいたように、ロイドは背後に呼びかけた。
奥の扉から顔を覗かせた女性はロイドとミレイを見て目を丸くする。
「セシルくん、お迎えが来ましたよぉ〜。『アレ』、本格始動しようねぇ。」
「はい、ロイドさん。」
「ミレイくんは僕にガニメデのデータちょーだい。」
「えっ・・・」
ミレイは息をのんだ。
ロイドはKMFの開発者。
KMFは争いを激化させる兵器に過ぎない。
しかし、そんな心配を表情に出したミレイを見て、ロイドはにやりと笑った。
「『剣』がいらない世界になったとしても、『盾』くらいあった方がいいでしょ〜?」
『彼』には。
そう付け足すように言ってニヤリと笑ったロイドと、苦笑するセシルを見て。
ミレイはほほ笑んだ。