ピチチチチ・・・と小鳥が囀る。

木漏れ日は穏やかで、暖かいその日差しに眠気さえ襲ってきそうなほどだ。

優雅なティータイム。

本当はそんなこと、していてはいけなかったのに。

涙が溢れて、嗚咽が漏れて。

手まで震えだしたものだから、綺麗な文様の入ったティーカップをソーサーに戻した。





「ユフィ・・・なにを、しているんだ・・・」

離宮に仕える侍女から、目に入れても痛くないほど愛しい妹姫が急に泣き出したとの報告を受け、血相を変えて仕事を放り出し離宮へと戻ったコーネリアが見たものは、殺風景なまでに片付けられた部屋だった。

白と桃色を基調としてふわふわとした空間に作り上げられていたはずの部屋。

ベッドには天蓋もシーツも枕もなく、枕元に置かれていた大きな熊のぬいぐるみもない。

腹違いの妹であったナナリーとの争いの末勝ち取った皇妃マリアンヌのプレートの欠片もない。

ティーテーブルを覆っていたレースのクロスが、そのテーブルの上で綺麗に折りたたまれていた。

ユーフェミアはドレスを脱ぎ、代わりに質素なデザインのワンピースを纏っている。

桃色の髪は結われることなく、ただ背に流れているだけだった。


「あらお姉さま、御機嫌よう。」


いつものようにユーフェミアはほほ笑む。

その花のような笑顔が、コーネリアは大好きだった。

茶色の革のトランクに今纏っているものと似ているデザインのワンピースを詰めて、上から体重をかけてトランクを閉める。


「えーっとえーっと・・・忘れ物は・・・ないかしら。」

「ユフィ!」

「どうかなさったのですか?」

「なんだその荷物は・・・それにこの部屋はなんだ!」


焦燥に駆られて声を荒げるコーネリアに、ユーフェミアはまた微笑む。


「わたくし、皇位を返上することにいたしました。」

「何・・・だと・・・!?」

「今までお世話になりました。」


あどけない少女は、ぺこりと小さくお辞儀する。

コーネリアはその場にへたり込んだ。

何故、何故こんなことに。

愛する腹違いの弟妹を失った後、最愛の同腹の妹まで。

何故、と問いたいのに。

思ったように声は出てはくれなかった。

ベッドの上に置いてあったトランクをやっとのことで地に下ろす。

少し荷物が多すぎただろうか。

多ければ売るなり捨てるなりすればいい。

そんな事をブツブツと呟きながら白の帽子をかぶったユーフェミアは、ふわりと目元を緩めた。



「大切なものは失ってから気づく・・・のでは遅すぎるんです。」







皇帝陛下に謁見し、皇位を返上した。

もうこのブリタニア宮に戻ってくることはない。

長い長い廊下を歩く。

行く先は、未来。

その廊下の片隅で、呆然とした様子でコーネリアは立ち尽くしていた。


「これから・・・どこに行くんだ」


いつものように、ユーフェミアはほほ笑む。


「「ちょっと日本まで。」」


その声に、他の声が混じった。

驚いたようにユーフェミアが振り向けば、そこにはラフな出で立ちでとても皇族とは思えない服装の義兄の姿。


「あらクロヴィスお兄様、奇遇ですわね。」

「ああ全くだ。それにしてもユフィは荷物が多いな。仕方ない、この兄が手伝ってやろう!」

「ありがとうございます。」


片方の手で自分のものと思われる小さいトランクを転がしていたクロヴィスが、空いた方の手でユーフェミアのトランクを受け取る。

それにお辞儀をしながら礼を言ってユーフェミアはコーネリアに視線を向けた。


「それでは御機嫌よう、お姉様。いつか、変化した未来でお会いしましょう。」