目の奥が、まるで沸騰してしまったかのように熱い。
閉じられているはずの瞼の隙間から溢れ出してくるものを止めることが出来ない。
悲しくて。
悔しくて。
そして、嬉しくて。
信じられなくて、ただ只管に声を上げて泣いた。
心配したように、困ったように控え目にかけられた声の幼さが懐かしくもあり、それでまた新たな涙が溢れる。
喜びと絶望で、心が壊れてしまいそうだった。
「ナナリー、目が覚めたかい?」
心配そうな声に意識を引っ張られ、ナナリーは声のした方に顔を動かそうと試みる。
そこで初めて激しい頭痛と倦怠感に身体が満足に動かせないことを知った。
身体の内は燃えるように熱いのに、肌に触れた外気が妙に冷たく感じてぶるりと身震いする。
布団の上に投げ出されていた手を握ってくれる兄の手の冷たさが何とも気持ちよく、温かかった。
「おに・・・さま、なのです、か・・・?」
「そうだよナナリー。」
僕の他に誰がいると思う?
そう冗談めかして言った兄の声は疲れ切っているようにも思えた。
臥せってしまった己に付きっきりでいてくれたのだろう。
また目の奥が熱くなったが、きっと兄を困らせてしまうからとなんとか堪える。
その時、家として宛がわれている蔵の扉が勢いよく開いた。
バンッという鼓膜に痛い音にビクリと震えると、兄は驚いたように声を上げた。
「スザク!どうして君はそう乱暴にしか入ってこれないんだ!ナナリーは目が覚めたばかりなんだぞ!」
「え、ナナリー目が覚めたのか!よかったなルルーシュ!!」
どかどかと踏み入ってきたスザクは、今いる蔵の持ち主の息子。
日本の首相の一人息子だ。
当たり前のことを頭の中で今一度整理しながら、ナナリーは唇を噛みしめる。
まだ、何も始まっていない。
「ナナリー!なんか俺にしてほしいことないか!?」
「まず君はナナリーの為に静かにしろ!」
「スザク・・・さん・・・」
「ん?」
「おにいさま、を・・・休ませてあげてください。疲れて・・・いらっしゃるようだから」
「わかった。おら行くぞルルーシュ!」
「ナナリー!は、はなせスザク!」
ずるずると引き摺るスザクと、引き摺られるルルーシュ。
その二人を微笑ましくも見送った後、ナナリーは深く息を吐いた。
身体の不調の原因は分かっている。
突如として頭の中に流れ込んできた『情報』を、処理しきれなかったのだ。
『情報』というよりは誰かの『記憶』。
そしてその視点から察するに、その『記憶』は自分自身のもの。
記憶は、今現在から10年近く先まであること。
身に余る膨大な記憶が脳内を駆け巡り、気が狂ってしまいそうだった。
そしてその量もさることながら、その内容にも絶望が満ちていた。
何も『見得て』はいなかった自分自身の愚かさ。
兄から捧げられた勿体ないくらいの愛と、優しい嘘。
親友であったはずの『彼ら』の選んだ道。
優しくも、欠けたモノが大き過ぎた世界。
ただの夢であったならどんなに良かっただろう。
しかしただの夢だと、どうしても思うことができなかった。
だからこそ、動かなければならない。
しっかりと前を見据えなければいけない。
もう逃げない。
『大好きだったお兄様はもう私の知るお兄様ではなくなった』と、嘆くだけだった『過去の自分』を変えなければいけない。
変わりたいと、そう強く願った時。
その瞬間、光が溢れた。
「ナナリー、具合はどう?」
休ませてあげてください、と願ったはずの兄は何故か妙に土の匂いがついていて、その背後で得意げに笑っていたスザクに苦笑した。
身体を動かすのが一番だ!と兄を引き摺るスザクの姿が容易に想像できたからだ。
「お兄様」
「なんだい?」
「もし、例えばの話です。」
「うん」
「未来から、過去にタイムスリップできたとしたら。そこから未来を変えることはいけないことでしょうか。」
「SF小説でも読んだのかい?・・・どうだろうね。」
未来を変えることで、死ぬはずだった人が生き延びるかもしれない。
未来を変えることで、生きるはずだった人が死ぬかもしれない。
新たな多くの犠牲が生まれるかもしれない。
それでも。
「それでも私は、変えたいと思います。」
「ナナリー?」
「だから、私は自分の足で、立つんです。」
勿論両足は動かないけれど。
何もできないわけではないと、信じているから。
そう困ったように笑えば、兄は何処までも困惑した表情を浮かべていたけれど。
その後ろで、スザクは目元を緩め、ただ微笑んでいた。