「さてルルーシュ君、何故君が今僕に呼び出されたか、その理由が分かるかい?」
そう笑顔で告げた英雄ゼロこと枢木スザクを前に、ルルーシュは優雅に脚を組んで紅茶を飲みながら、薄く明けた目をちらりとだけ向けた。
そして一言。
「知らん。」
五歳児とは思えないほどの不遜な態度。
事実、五歳児なのは肉体年齢だけであって、彼の精神年齢は年不相応だ。
そのあまりにも不躾な態度に口元をひくりとさせたスザクは、手に持っていた紙を突きだす。
一度くしゃくしゃに丸められたらしいそれは、皺を伸ばしたのか辛うじて文字が読める程度の紙だ。
唯一はっきりと見えるのは、元々大きな書体で印字されていたらしい文字。
『授業参観のおしらせ』
「さぁ〜て、僕にこれを見せることなく捨てたのは何故かな?」
「必要無いからだ。」
「それを決めるのは君ではなく僕だ。」
「・・・そもそもッ・・・俺は学校になんか行かなくても!」
「保護者宛のお手紙をきちんと保護者に出せないようじゃ、まだまだ学校で学ぶ事も多いんじゃないか?」
ぐっと押し黙ったルルーシュはかぁっと顔を赤くして、ぶつぶつと何か呟いているようだった。
まるで勝ち誇ったような笑みを浮かべて手紙を折りたたみ、ポケットにしまいこんだスザクは代わりに手帳を出して、スケジュールを書き込んでいるようだった。
「っていうかさ、もしかして僕に来てほしくないの?授業参観。」
「・・・そうだ。」
「何で?」
「何でもだ。」
「僕一応君の保護者だよ?」
「書類上はな」
「僕はすごく行ってみたいんだけど」
「俺はすごく来てほしくない」
「何で?」
「何でもだ。」
繰り返し。
「そもそも何でお前はそんなに授業参観なんぞに来たがるんだ」
「いや、それはもう授業中に「はーい!」って手をあげるルルーシュが見てみたくて」
「ほぁ!?」
「まぁそれは冗談なんだけどね。色々心配事があるんだよ。」
「心配事?」
「そう、心配事。」
僕にも思うところがあるんだよ、と曖昧に笑ったスザクにルルーシュは不思議そうな顔をした。
しかし深追いする事はなく、とにかく来るな、いや行く、の攻防は授業参観前日まで続いた。
授業参観当日。
とある学校のとある教室に、熾烈な攻防の末勝ち残ったなどという裏事情を微塵も感じさせることなくただ異様な雰囲気だけを放った仮面の男は立っていた。
『え、ゼロって子持ちだったのか?』
『まさか・・・きっとただの視察でしょう?』
大人たちが口々に囁く。
これが嫌だったのだとルルーシュは目を細めた。
子供が勉強する場に仮面があれば明らかにおかしい。
何より子持ちだなんて言われれば今まで積み上げた『ゼロ』のイメージが壊れてしまう。
舌打ちしかけたのをぐっと堪えて、ルルーシュは教科書に目線を戻した。
授業参観は中休みを挟んで2時間で行われる。
最初の一時間は何事もなく終わった。
ゼロの出現で大人たちがざわめき授業どころではなかったので、何事もなく、というのは若干の語弊があるが。
そして休み時間。
10分間という短い時間の間に、ルルーシュがどんなに拒んでも参観を強行したゼロの懸念が現実となった。
親の元に駆け寄ったり、友人同士で楽しく会話する子供たちの中、ルルーシュだけが一人ぽつんと席に着いたままだったのだ。
もし本当に友達がいないのならば、それは仕方のない事なのかもしれない。
精神年齢は20を超える男だ。
今さら友達などいらないと、プライドの高い彼なら考えかねない。
だから、それならばいいのだ。
しかし今の状況はどうだろうか。
親の元に行った子供が、ルルーシュを指差して何かを言っている。
一方その親はルルーシュを見て、何やら眉を顰めているのだ。
ゼロの懸念・・・それは、ルルーシュの容姿だ。
悪逆皇帝が死んでからまだ5年あまり。
人々の記憶にはまだ彼の存在が色濃く残っているはずだ。
大人たちの目に、ルルーシュはどう映るだろうか。
生まれ変わってもなお、その小さい身体に憎しみを集めなければならないのだろうか。
そんな事になったら、と。
いてもたってもいられなくなったゼロが一歩を踏み出したその時。
「ねぇ、ルルくん。」
一人の少女がルルーシュを呼んだ。
仮面の下ぎょっと目を見開いたゼロが駆け寄る前に。
ルルーシュに近寄った少女は、何か凄いものを見るように目を輝かせた。
「ルルくんは、コ○ンなの?」
・・・・・・。
「・・・は?」
「だーかーらー、ルルくんはコ○ンなの?」
『コ○ンってあの、探偵アニメの?』
「おおッ、流石ゼロ様・・・日本のアニメにも精通してらっしゃるのか!」
ざわめく教室の中、ルルーシュは眉を顰めてこっそりゼロを呼んだ。
『おいスザク、何の話だ。』
『日本のアニメであるんだよ。本当は高校生なのに悪の組織に関わったせいで変な薬を飲まされて身体が小学生くらいに縮むんだ。』
なんだそれは、と。
ルルーシュは絶句した。
「こらッ・・・ルルくんに失礼でしょう!」
「だってお母さん!ルルくんてすごいお勉強できるし、何でも知ってるんだよ!だからきっと見かけは子供でも頭脳は大人なんだよ!」
そうだそうだ、と教室にいる他の子供たちも賛同するものだから、ルルーシュとしては何とも居心地が悪い。
何がなんだかよく分からないがとにかく無性に恥ずかしくなって顔を真っ赤にしたルルーシュを見て、ゼロは深く息を吐いた。
『うん、じゃあ僕帰るね。』
「・・・はぁ!?」
『いや、何か安心したし。』
「この状態で帰る・・・だと!?」
馬鹿が、とルルーシュが叫ぶのも気にせずに、ゼロは他の保護者たちに『うちのルルをよろしくお願いします』と頭を下げて教室を出ていった。
それから絶大な人気を得て揉みくちゃにされ、憔悴した様子で帰ってきたルルーシュを笑顔で迎えたスザクが数週間無視されるというオチがつくことになる。
どうでもいい小ネタでした(土下座