「ナナリィーー!!!!」



耳を劈くような銃声に紛れて誰かの声が聞こえて、呼ばれた彼女は目を見開いた。

いつの日か、必死に名前を呼んでくれた兄を思い出す。

目の前に現れ、視界を覆ったのは黒ではない。

兄の色ではない。

太陽の光を受けて綺麗な輪を描いた、金色。


「お兄さ、ま・・・?」


死した後も愛し続けている黒の兄とは別の、片腹の兄だった。


「あっ・・・ああ・・・」



赤に染まる。



















合衆国ブリタニア。

神聖ブリタニア帝国99代にして歴史上最悪の皇帝ルルーシュが死んでから丁度一年後に成立したその『ブリタニア』は武力を捨て、『話し合い』を 全てとする。

それから2回目の、成立記念日。



悪逆皇帝の三回忌。



平和記念式典に出席したブリタニア代表ナナリー・ヴィ・ブリアニアは狙撃された。

しかし彼女が怪我を負うことは無く、宰相としての勤めを果たしているシュナイゼル・エル・ブリタニアがそれを庇って負傷した。

シュナイゼルは病院に運ばれたものの、命に別状は無かった。

病院のベッドの上で横たわるシュナイゼルを見て、コーネリアは静かに口を開いた。


「兄上」


シュナイゼルは何も言わない。

なにも言わず、ただ何かを眼で訴えかける。

紫、というよりも蒼に近いその色に、何かを感じ取ったコーネリアは息をのんだ。

そして彼が今一番求めているだろう答えを返す。


「ナナリーは無事です。血を見て心を乱したようですが、今は落ち着いています。」


ナナリーを庇い、銃弾を受けて流れた血を見て。

彼女はきっと、同腹の兄のことを思い出したのだろう。

赤は母と、兄を染めた色。

トラウマになるには十分だ。

シュナイゼルは何も言わなかったが、目元が緩んだのをコーネリアは見逃さなかった。

一つの考えが、頭の中に浮かぶ。


「兄上。」


シュナイゼルは窓から外を伺った。

空は今日も青い。


「兄上は・・・ギアスが解けているのではありませんか。」



『ゼロに仕えろ』


絶対遵守の異能を持つ悪逆皇帝がシュナイゼルに命じたこと。

『私に』ではなく『ゼロに』。

彼は最初から、自分が消えるシナリオを決めていたのだ。

だからこそ、ゼロの意思を継いだ者の命令を聞くように、ギアスをかけた。

それが、解けている。

コーネリアはギアスがどうしたら解けるのかも分からなかったが、ある種の確信を持ってそう思う。

記念式典に、ゼロは姿を見せなかった。

しかしナナリーの傍にシュナイゼルはいた。

それはゼロに命じられたからだ。

ゼロが『ナナリーを守れ』とあらかじめ命じていたにしても。

ナナリーを守るために銃弾の前に身を晒したシュナイゼルの目は、己の意思を持っていたように見えた。


「あにう・・・」

「確かに、あの子が私にかけたギアスは解けているよ。コーネリア。」


コーネリアが息を呑んだ。

ギアスが解けたことが良い事だと、一概には判断できないからだ。

理不尽な命令から解放されたことは喜ぶべきなのかもしれない。

ただ、コーネリアはシュナイゼルの内面を見た。

フレイヤという殺戮兵器による世界の統治。

恐怖を植えつけることによる支配。

シュナイゼルの目指したモノも、世界には相応しくなかった。


「兄上は・・・これからどうなさるおつもりですか。」

「不思議なことを聞くね、コーネリア。決まっているだろう?」


ふっと、彼の口元が笑んだ。


「私はゼロに仕える。それはこれからも変わらないよ。」


恐らく一生。

この命が散る、その時まで。

シュナイゼルは微笑をコーネリアに向ける。


「何故っ・・・あなたは・・・!」

「今の世界を君はどう見る?」

「・・・いい世界だと、思えます。少なくとも父上が治めていた、あの頃のブリタニアよりは。」


強者が弱者を虐げる。

文字通り弱肉強食な国家で、苦しんだ者達がたくさんいる。

それは妹のナナリーも障害者という意味でそうであるし、ブリタニア領とされたエリアのナンバーズもそうだ。

今は武力を棄て、何かを訴えるには力ではなく言葉を用いる。

皆が対等にテーブルを囲み、言葉を交わす。


「私もね、今の世界は悪くないと思うんだ。ナナリーを見て、ゼロを見て、民衆の姿を見て。悪くないと、そう思える世界だと。」


皆が、笑っている。

争いが起きても、それはごく小さなもので。

式典でナナリーが銃弾に狙われたのは、恐らく悪逆皇帝への憎しみを忘れずに、その妹にぶつけたものだろう。

彼の願いは、まだ叶い続けている。

彼の存在はまだ憎しみを集め続け、憎しみが他に向けられることはない。

世界が一つになる。

笑顔の明日がある。


「だから私はゼロに仕える。この無駄に狡賢い頭脳を世界に捧げる。」


それに、とシュナイゼルは続けた。


「今の『ゼロ』はどうやら身体を動かすことにしか秀でていないようだから。」

「それは・・・まぁ・・・」


コーネリアはゼロの正体を知らない。

以前のゼロは今は亡き弟だった。

ただ、確証はないものの、大方の予想はついている。

全てが、悪逆皇帝ルルーシュのシナリオならば。

今のゼロが群を抜いて身体能力に優れていることは理解できる。


「私はこの世界で尽力するとしよう。ゼロの為ではなく、あの子の為に。」

「それで・・・いいのですか。」


どこか腑に落ちなさそうなコーネリアに、シュナイゼルは微笑んだ




「あの子との約束だからね。あの子が覚えていたかはもう分からないが。」








『・・・負けました。』

『そう膨れ面をするものではないよ、ルルーシュ。今のは私も冷や冷やした。』

『本当・・・ですか?』

『ルルーシュがチェスで私に勝つのも時間の問題かもしれないね。そうだ、こうしよう。』





ルルーシュが私に勝つことが出来たら。私はルルーシュのいうことを何でも一つ聞いてあげよう。




遠い日の約束








ダモクレスで私は敗れたのだから。

だから。

ゼロに仕えろ。


それが、ルルーシュ・・・君の願いなら。









何故ギアスが解けたかとかは気にしないでください。
ご都合主義です(笑)
ナナリーが自力で解いたんだから、きっと自力で解いたか何かしたんじゃないですかね(投げやり)
幼いルルーシュとシュナイゼルの約束は捏造ですが、実際ありそうだと思いまして。