目の前に、愛しい人がいる。
同性であっても気にならないほど酔いしれてしまった彼がいる。
彼が、微笑んでいる。
おいでと、まるで迎え入れるように両手を広げて。
その腕の中に飛び込む。
その途端、微笑んだ彼の口から毀れた赤。
呆然として見遣れば、彼の胸には深々と剣が刺さっていて、その赤く染まった剣の柄を握っているのは赤く染まった自らの手。
流れていく。
微笑んだ彼の口から、胸から。
そして、自分の目から、何かが。
Paranoia
飛び起きるとそこには見慣れた風景が広がっていた。
シンプルに揃えられた家具とその配置。
スザクは荒い息を吐きながらあたりを見回して、そして自分の場所を確認した。
ベッドの上だ。
その自分の隣に横たわるものを見て、そして思い出す。
赤い、血。
月明かりに照らされた彼の顔の血の気が失せているかのように見えて、慌てて彼のブランケットを剥ぎ、前開きの寝巻きの、ボタンの継ぎ目に指を差し入れて思い切り左右に開いた。
ブチッという音と共に糸が切れて、ボタンが飛び散る。
「ほぁぁあ!」
流石にそれで目を覚ました彼が叫んで、スザクは我に返った。
「ぁ・・・れ、・・・ルルーシュ?」
「お前、はッ、何を・・・!」
怒りで声を荒げたルルーシュだったが、やがてスザクの顔色の悪さに眉を顰めて、汗で張り付いた癖の強い髪を掻き分けた。
「どうした?」
「いや・・・なんか・・・、うん」
「なんだその歯切れの悪さは」
「・・・うん、その・・・夢見が悪かっただけ、かな」
ごめんと申し訳なさそうに頭を垂れると、呆れたような溜息がルルーシュの口から漏れて、それから彼はベッドから出て行った。
一人部屋に残されたスザクは自分の心臓の音を聞きながら落ち着こうと息を吐いてみたが、肺が震えるばかりで落ち着くどころか苦しささえ感じる。
ルルーシュが身を横たえていた場所の、ベッドのぬくもり。
シーツごとそれを握り締める。
徐々に失われていくそれについには手も震えだした頃、仏頂面のルルーシュが戻ってきた。
「ルルー・・・わっ!」
ばさっと視界が覆われたかと思うと、その次にはがしがしと頭をかき乱す動きに翻弄される。
タオルから時折覗くルルーシュの顔はやはりさっきと変わらず仏頂面。
酷い起こし方をしてしまったのだから当然なのかもしれない。
もう一度ごめんと呟くと、さらにルルーシュはムスッとして、今度はTシャツを全て剥がれた。
「ルルーシュ?」
「・・・汗、拭かないと風邪引くだろう。」
「あ・・・ありが、とう・・・」
嗚呼、なんて、優しいのだろう。
涙がじわりと浮かんできそうになって、我慢できなくなって、ついにスザクはルルーシュをベッドに押し倒した。
ボタンが無いために肌蹴たままだったシャツを剥いで、その当たり前に平らな胸元に顔を埋める。
白い肌に浮かぶ鬱血痕がまるで花びらのように散らされていく。
スザクの動作一つ一つに、ルルーシュの身体は律儀に応えるかのようにぴくりと跳ねるのだ。
夢で、剣を突き立てた辺り・・・心臓に近い部分を舐め揚げると小さな喘ぎが耳を掠めた。
そこでふと思いついてスザクは顔を上げる。
「珍しいね・・・ルルーシュが大人しくさせてくれるなんて」
それに、最早目を潤ませていたルルーシュはついっと目を逸らした。
「・・・俺だって迷子の子供みたいに怯えた目をしたお前の手を容赦なく払うほど、鬼じゃない。」
「怯え・・・てる?」
「少なくとも俺の目にはそんな風に映っている」
何をそんなに恐れている?と困ったように笑ったルルーシュを見て。
体が、震えた。
「う、ん・・・恐い・・・のかも・・・」
赤い色。
失われていく体温。
それでも、微笑む彼。
何故あんなに満ち足りた顔で笑うのか。
何故そんな彼を、自らの手で。
「ルルーシュ」
「なんだ?」
「いつか、そう遠くない未来に、・・・僕は君を・・・」
壊してしまうかもしれない。
言葉にした途端、やはり血の気が下がった。
でもそれでもルルーシュは笑っている。
夢と同じ、笑顔で。
「俺も、どうせ壊れるなら、お前に壊されたい」
「・・・それは、なんていう殺し文句?」
「確かにな」
ははっと笑って、ルルーシュは両腕を広げる。
おいでと、迎え入れるように。
「さぁ、壊してみろ」
それに涙が一筋毀れて、ルルーシュが瞠目したけれど、構わずにスザクは身を埋めた。
Q.そもそも一緒のベッドで二人は何をしていたのか
A.ただのお泊り会
2010/06/22 UP
2011/04/06 加筆修正