日が暮れ、気がつけば夜も更けていて、凝り固まった肩を解すように腕を伸ばしながら立ち上がったスザクは、大きなあくびを一つして部屋を出た。

時間が経つのが随分早い気がする。

時間というものはいつだって、楽しい時はあっという間で、つまらない時は長く感じるものだが、最近はつまらない時でもあっという間だ。

後ろから、背中を押されて急かされている感覚。

きっと世界は一刻も早く平和になりたいのだと、だから急かされるのだと、そうこじつければそれなりに納得もできた。

作った書類の提出は明日にして、水を一杯飲んでから眠ろうと厨房に向かう。

薄暗い宮殿内。

しかし何故か、向かった先の部屋から明かりが漏れていた。

顔を覗かせれば、そこに居るのは神妙な面持ちの男女。


「こんな時間に何をしているんですか」

「スーさん、まだ起きていらっしゃったのですね。」


苦笑したのは咲世子だった。

傍らには依然硬い表情のジェレミア。

この二人はお互い通じるところがあるらしく最近よく二人で行動しているのを眼にしていた。

それにしたってこんな時間帯で、しかもその様子は決して楽しげなものではない。

何をしているのか、とスザクはもう一度問うた。

それに咲世子がジェレミアを見て、それに何かを受けたジェレミアは重く口を開いた。


「枢木卿、貴殿はここ最近、陛下にお会いしたか」

「皇帝陛下に・・・いいえ・・・?」


スザクは氾濫分子制圧の為の遠征から戻ったばかりだった。

帰還を報告しようともしたが当の彼は会議だ何だと日々忙しく動き回っていて、仕方ないから報告書を作成し、提出ついでに謁見しようと考えていた。

かれこれ5日は会っていない。


「陛下に何か・・・」

「ルルーシュ様が、お食事に手をつけられないんです。」

「それはいつから?」

「3日程前からです。」


ルルーシュは人に誇れるような料理の腕を持っていて、大抵は自分で食事を用意するか、忙しい時は咲世子に任せていた。

ここ最近は忙しい日々が続き、咲世子が食事を出していたのだが、時間が経って下げられるそれに手をつけた跡が全く無い。


「連日夜遅くまで執務をしておられる・・・陛下が『計画』を急がれるのは理解できるがこれではその前にお身体を壊してしまう。」


ジェレミアが、至極辛そうに呻いた。

忠節の塊である彼ならば仕方がないことなのかもしれない、と思いながら、スザクは考えた。


「僕が行ってみます」

まるで縋る様な視線を背に受けながら、スザクは厨房を出た。











重い扉は執務室へを塞ぐように鎮座している。

それを数回ノックした。

返事は無い。

寝ているのか、と思いもしたが扉の隙間から光が漏れているのを視認し、スザクはもう一度ノックをした。

数秒後、小さな声が聞こえる。

あまりはっきりと聞き取れはしなかったが、構わず入室する。

執務室は殺伐としていた。

彼の性格上、散らかるというのはあり得ない。

ただ、そこまで取り繕う余裕もないといわんばかりに、そこには書類が散乱していた。

カリカリと絶え間なく響く、何かを書いている音。

足元の書類を拾いながらスザクはそれへと近づいていく。


「ルルーシュ」

「・・・ああ、スザクか。そういえば戻ったと報告がきていたか」

「君が忙しそうだったから、報告書のついででいいかと思って。」

「そうか」


二人の会話は至極シンプルだ。

ルルーシュは手元の書類から目を離さない。

ただ一心不乱に何かを書いている。


「ルルーシュ、咲世子さんとジェレミア卿が心配している」

「心配?あの二人が、何を?」

「君が食事を摂らないと。」


それに一瞬ルルーシュはピタリと動きを止めた。

書くのをやめた羽ペンが紙の上で静止している。

それから何か考える素振りをして、また手を動かし始めた。


「そういえばそうかもしれない。まぁ別段空腹も感じないから問題ない。」

「水分は摂ってる?」

「コーヒーは飲んでいるよ」


書類の傍らに、コーヒーカップがある。

そこに黒い液体を確認して、スザクは眉を潜めた。


「空きっ腹にブラックは胃が荒れるよ」

「空いていない」

「君がそう感じなくても、事実その胃には何も入っていない。」


コーヒーカップを取り上げ、代わりに咲世子の拵えたサンドウィッチの乗った皿を置く。

間近で見るルルーシュは眼に見えてやつれていた。

肌と髪は本来の滑らかさを失っていたし、目元は濃い隈で縁取られている。

カップに少量残ったコーヒーは捨てた。


「君、酷い顔してる」

「そうか?」

「一回休憩して」

「そんな暇は無いんだ」

「命令だよ」

「・・・自分の主人である皇帝に命令する騎士がどこにいる」


呆れたようにため息をつきながら、それでもルルーシュは手を止めた。

羽ペンを置いた手をスザクがとる。

いつかはささくれ一つ無かったはずのその手には何箇所にも血が滲んでいた。

ただひたすらに作業を続けている内に、擦り切れてしまったのだろう。


「血、出てるよ」

「ああ、本当だ。」

「気づかなかったの?いかにも痛そうだけど」

「そういえば痛いような気がしなくも無いな。」


苦笑した彼はやはり食事には手をつけそうに無かった。

目を細めたスザクが皿を目の前まで突きつけて、やっと渋々手に取る。


「自己管理もできない主人を持つと騎士も苦労する」

「よく言う。お前こそ自己管理という文字すら辞書に存在しないだろう」

「失礼な・・・僕の資本は身体だから自己管理は怠らないよ」


口を尖らせながら眼を向ける。

視線に促されるように、ルルーシュはまた止まっていた手でサンドウィッチの端に噛り付いた。

そんなやりとりと共に30分かけてやっと一切れ消費されたサンドウィッチの残りにはラップがかけられた。

内線を使って咲世子を呼び、彼女が来る前にルルーシュを奥の仮眠室のベッドに連れて行くべく手を引いた。

しかし食事も睡眠もろくに摂ってはいなかった身体は立ち上がった瞬間大きく傾き、慌てて支えたスザクの腕の中でルルーシュも驚いたように眼を剥いていた。

抱き上げてベッドに横たえた彼が、それでも眠りたくない、と子供のように駄々をこねるのを無視し、スザクもベッドに腰掛ける。


「こんな生活続けると、本当に身体を壊すよ」

「壊したところで『レクイエム』が為されれば変わらないだろう。」

「・・・ルルーシュ」

「ああ、悪かった。これからは気をつける。」

「あんまり心配をかけないで」

「咲世子とジェレミアに?」

「僕にもだ」

「へぇ、心配してくれたのか。」

「・・・身体壊して、僕に殺される前に死んだら今の努力も全て無駄になるよ」

「それもそうだ。」


ルルーシュは笑う。

それに応えるように、聊か辛そうではあったがスザクも笑った。

それから、駆けつけた咲世子に手に包帯を巻かれ、一緒に来たジェレミアに説教を受け、反論しかけたのをスザクに気圧され。


そうしている内に静かな眠りについたルルーシュを見て、寄り添う彼らはまた悲しげに微笑むのだった。




歯車の眠り





ロイド「はいはぁ〜い、皇帝陛下が眠らないなら僕が代わりに爆睡しますよぉ〜・・・うはぁごめんなさぁぁい仕事しまぁぁっす!!」



2010/05/19 UP
2011/04/06 加筆修正