彼を貫いた時。

視界を染めたのはただ一色だった。

赤。

それを撒き散らせた彼を見たら。

生きる事が罰だとか、死ぬ事が罰だとか。

彼に託された願いという名のギアスや自分の使命、はたまた世界までもが。

全てがどうでもよくなっていた。



民衆はゼロという英雄の存在に歓喜している。

その混乱に紛れて力を失った彼の身体を抱き上げた。

縋り付いて泣いていたナナリーが今度は己の足に縋り付いてくる。

何処に連れていくのかと。

その身体をどうするつもりなのかと、大きな淡い紫の瞳が不安げに揺れる。

大丈夫だと微笑んで見せても、仮面を被っていたから彼女にそれが伝わることはなかった。

身を翻す。

人々の目から逃れるように足を進める。

悪逆皇帝殺害現場から程遠くない一軒の建物。

一目につかないようにその中に身を滑り込ませた。

中にいたのは壮年の男性一人とまだ若い女性が一人。


「彼を助けてくれ。全力で。」


二人は頷いた。










ゼロはずっと剣を手放さなかった。

血糊は既に乾いて黒く変色している。

鉄錆のような臭いもしなくなった。

人を、彼を殺す道具。

その見かけや装飾もさることながら、存在意義まで悪趣味としか言いようがない。


「どういうつもりだ。」


いつの間にか、隣に一人の男が立っていた。

それに気付かなかったのだから少し警戒が足りなかったかもしれない。

顔半分を仮面で覆った彼は己よりよっぽど騎士に相応しい程の忠誠心を持っている。

ぎろりと睨み付けてくる視線に苦笑した。


「こんなことは計画に無かったはずだが。」

「そうですね。」


ジェレミアは一つの扉を見据える。

その奥で行われているであろう処置は、彼の言う通り計画には無かった。

彼にしてみれば主の計画をぶち壊されたも同然。

元々賛同しなかった計画に覚悟を決めて頷いたというのにこれでは台なしだと思っているのだろう。


「自分は最後の最後で逃げてしまった。罰を甘受できなくなってしまったんです。」


ずっと、死ぬことが望みだった。

だからこそ生きるのが罰なのだと、そう割り切った筈だったのに。


「でも僕にとって一番の罰は…彼を殺すことだった。この手で何度も殺そうとしてきた彼を殺すのが何より…辛く、て…」


吐き出すように言ったスザクに、ジェレミアはもういいと首を振った。

彼とて主を失わなくて済むものならそれがよかったと思っているからだ。

ジェレミアが目を細めて、もう一度扉を見据える。


「あの者達は」

「彼にギアスをかけられた者達です。『ゼロ』に従う医師を用意しておいてくれと、以前僕が彼に頼みました。」


ゼロとして生き続けなければならないからと理由を付ければ彼は快諾してくれた。


「用意周到だな。まるで予め決めていた事のように思えるのだが。」

「そうかも…しれません。」


ゼロの正体は明かしてはいけないもので、ゼロの正体は既に死んだ人間だ。

もし怪我をしたり病気にかかっても一般の病院に駆け込むことは出来ない。

正体を口外しないという絶対的な確証が無ければ仮面を外すこともままならない。

その点を考えたとき彼のギアスは打って付けだった。

相手を意のままに服従させる。

正体を口外するなと一言言えば、彼らは絶対にその命令を破らない。

その時は、そんなことを考えて彼に頼んだ。

それも今となっては単なるこじ付けにしかならない気がしてならないのだ。












ルルーシュは一命を取り留めた。

多くの医療機器に繋がれた彼は顔色も青白く機械的な呼吸の音が耳についたが、それでも確かに心臓は動いていた。

生きている。

それだけでよかった。

一週間ほどそこで隠れて、それから深夜に人目を避けながら潜伏場所を移す。

その間もルルーシュは目を覚まさなかった。

後に釈放されたロイドやセシルと合流したが、彼らはルルーシュの生存に歓喜し、そしてルルーシュの望みが叶わなかったことに項垂れた。

死なないほうがいいに決まっている。

それは誰もが思うことで、当たり前のことだ。

それでも今まで波乱万丈という言葉では済まされないような人生を送ってきた彼が、最後の望みとして計画したゼロレクイエムが完全な形で為されなかったのだ。

表向きでは悪逆皇帝は死んだことになっている。

しかし生きながらえたことを目を覚ました彼がどう思うだろうか。

それだけが気がかりだった。

仮面を外したゼロ・・・スザクがため息をついて、横たわるルルーシュの前髪を払う。

ぴくりと、彼の瞼が震えた。


「・・・ルル・・・ルルーシュ?」


浮上しかけた意識を逃さぬように、何度も何度も呼びかける。

ゆっくりと現れたアメジストのような双眸は潤んでいて、瞬きと同時に目尻から零れ落ちた涙が頬を伝った。

自分の目からも涙が落ちる。


「よかった・・・」


まず口をついて出たのは安堵。


「ごめん・・・本当に、僕は・・・君に・・・」


それから、謝罪。

殺せなかったことを。

罪を逃れてしまったことを。

望みを、叶えてやることが出来なかったことを。

彼に詫びた。

しかし彼は暫くボーっとして、それから掠れた声で呟いた。



「だ、れ・・・」



不安げに揺れる瞳に、スザクは言葉を失った。













「解離性健忘・・・だねぇ。多分だけど。」

「解離性健忘・・・?」

「要するに記憶喪失のことよ。外因性なのか心因性なのかは分からないけれど。」


ルルーシュは、名前を覚えていなかった。

どんな親からいつ生まれて、どういう人生を歩んできたのかも。

『ルルーシュ』という人間に関することを全て忘れてしまったのだ。

ロイドがため息を吐きながらコーヒーの入ったマグカップに口をつける。


「あの方の計画を中断した結果がこれとはねぇ。」


半眼のロイドにニヤリと笑われて、スザクは押し黙った。


「僕らがどんな思いであのミッションを遂行したか知ってる〜?それを君が最後の最後で君が壊しておいて、残った結果が・・・」

「ロイドさん、今はそんなことを言っている場合じゃありません。」


蛇に睨まれた蛙のように動けなくなったロイドを無視してセシルはスザクの顔を覗き込む。

スザクは青ざめていた。

震えた唇の隙間から消え入りそうな声が漏れる。


「記憶は・・・戻るんですか・・・」

「僕はそっち専門じゃないから何とも言えないんですけどねぇ。自然と戻ることもあるし、催眠療法とかで戻す方法もあるみたいだよぉ。」

「そう、ですか。」


それからスザクは静かに立ち上がった。

その背中を心配そうにセシルが見つめる。


「記憶は・・・自然と戻るまでそのままに・・・」

「それでいいの?」

「はい。」


知らないほうが幸せなこともある。

忘れていたほうが幸せなことも。

ただ穏やかに、彼が過ごすことができるなら。


「『ルルーシュ』は、僕が殺したんです。」











「あ・・・」

「具合はどうだい?」

「は・・・大丈夫、です・・・あの・・・貴方は・・・」

「ああ、ごめん。」


名乗っていなかったね、と。

何事も無かったように笑う。


「僕の名前は『ゼロ』だ。」

「ゼロ・・・さん?」

「さんはいらないよ。」


一生、仮面を被り続ける。


「貴方は俺を知っているんですか?」


平気で嘘をつく。


「うん。よく知ってる。」



もう、君はルルーシュじゃない。



ルルーシュは死んだ。



世界の憎しみを全てその細い身体に背負って死んだ彼は、君じゃない。




「君の名前は    









希望でも絶望でもなく、それは









えーっと、最終回後ルルーシュ生存・・・っぽいもの。
っていうか一度記憶喪失ネタをしてみたかった。
最後の「君の名前は」の後ろには『ルルーシュ』以外の言葉が入ることでしょう。
続きは・・・ない、かな?
読みたいと言ってくださる方がいたら書く・・・かも・・・しれないです、はい。



2008/11/26 UP
2011/04/06 加筆修正