「僕はっ・・・俺は!」


何も考えられない。

目の奥が暑くて、喉は妙に渇いている。

声を捻り出すように叫べば喉は鈍い痛みを訴えた。

頭はガンガンするし、吐き気は止まらない。


「アレを・・・撃つつもりなんて無かった!!」


何を今更、と言われるかもしれない。

現にそれは撃たれ、今自らが踏みしめている土は崩壊の傷跡なのだから。

何もなくなってしまった。

一瞬にして多くの命や建造物を飲み込んだ女神の光。


「アレを撃つくらいなら殺された方がマシだって!だから俺はっ・・・!」

「この死にたがりが。」


冷たい声が響く。

馴染みのある、愛しくて憎い声。

力の無いその声は、いつも自信に満ち溢れていた彼の本来の声とはまるで異なっていた。


「いい、分かっている。アレはお前のせいじゃない。俺の罪だ。」


死ぬほうがマシだ、と彼が思ってしまったならば。

ルルーシュが以前かけた『生きろ』というギアスが発動してもおかしくは無い。

そしてあの場面で、生き残る為にはフレイヤを放つよりほか無かった。

自己満足が、己の生きる理由を消してしまった。

ルルーシュは薄く微笑みながら空を仰ぐ。


「どうして君はっ・・・なんでも背負おうとするんだ!」


ユーフェミアとシャーリーの死。

ルルーシュはすべて自分のせいだ、自分が仕向けたのだと言い張っていた。

それが偽りであることは分かっていた。

だからこそ偽られることに憤りを感じた。

もう嘘を吐くのも、吐かれるのも嫌だったから。


「どうして本当の事を言ってくれない!?」

「俺そのものが『嘘』だからだ。」


それまで握り締めていた手をひらいて、それを見つめる。


「昔、父に言われたことがある。俺は生きてはいない。死んでいるのだと。」

「なんで・・・そんな・・・」

「こうして生きている俺は嘘だ。世界の嘘を全て引き受けたところでもう今更何も変わらないだろう?だから俺はそういう『道』を選んだ。」


嘘の存在。

数多の嘘を自分が飲み込むことで、世界から偽りがなくなればいいのに。


「でもな、ナナリーは嘘が嫌いだったんだ。」

「君の事は大好きだった!」

「でもそれは俺が嘘を吐いていることにあの子が気づかなかったからだ。」

「違う・・・彼女は君の嘘にも、俺の嘘にも気づいていた。」


兄のように嘘を吐くのか、と彼女は悲しそうに言っていた。


「それでもナナリーは!君に会いたくて!見つけてほしくて一生懸命だった!君のことが好きじゃなかったら・・・あんなことできるわけないだろう!」


母を殺され、兄と共に『皇室』という檻から逃げ出した。

恐怖しかないその場所に戻ることになっても、行方不明とされた兄を見つけたかった。

兄に見つけてもらうため、頑張って生きている姿を見せるため『総督』という業を背負い表舞台へと上がったのだ。


「・・・ごめ・・・ん。」


はっと我に返り激情に任せて声を荒げたことを詫びれば、ルルーシュは静かに首を横に振った。


「そうだったら・・・いいな・・・」


ルルーシュは穏やかに微笑んだ。

その笑んでいるはずの表情が痛々しくて、スザクは涙を溢れさせる。

それを見たルルーシュは困ったように眉を寄せる。


「泣くなよ。」

そう言ったルルーシュの背後に、一つの影が躍り出た。

長身の男はルルーシュの耳元で小さく囁く。


「殿下、そろそろ・・・」

「ああ、分かっている。」


ジェレミアは一礼して散歩ほど下がった。

ルルーシュは小脇に抱えていたものをじっと見つめて、やがてそれをスザクに突き出した。


「これを撃ってくれないか。」


突き出したのは仮面。

『ゼロ』として君臨してきた彼の、表舞台に立つための『顔』。

それをぐらつかせながらも片手で支えて、ルルーシュは嗤った。


「俺はこの仮面を捨てる。ゼロになった理由はもう無い。ゼロとして創り上げてきたものも・・・もう無い。」

「何でっ・・・」


理由はナナリー。

それはフレイヤによって失われてしまった。

しかし創り上げたものは。

黒の騎士団はまだ確かに存在しているのに。

スザクが「黒の騎士団は・・・」と口を開くと、ルルーシュは「もういいんだ。」と首を振った。


「俺はルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとして皇帝を倒す。『ゼロ』を殺すのは・・・お前が一番いいだろうから。」


頼む。



そう目を伏せて呟いたルルーシュを前にして、断ることができなかったスザクは懐の銃を取り出した。

手が震えて、照準がぶれる。

ずっと『ゼロ』を捕らえたかった。

ゼロの正体がルルーシュであると知る前も、知った後も。

ルルーシュはゼロの仮面を捨てる。

スザクがゼロの仮面を打ち抜くことで、ゼロは世界から消える。

本当にこれは望んだことだろうか。

視界がぼやけて、目を背けた。

指に力をこめる。




パンッッ!




見事に打ち抜かれた仮面はその反動でルルーシュの手を離れた。

地に落ちたそれを感慨深く見つめながら、ルルーシュは苦笑した。


「どうした。ゼロを殺したかったんだろう・・・ああ、ゼロでは無くて俺を殺したかったのか。」

「違う・・・!」

「じゃあ何故そんなに辛そうなんだ。」

「俺はっ!こんな結末を望んでたんじゃ・・・!」


スザクの悲痛な叫びの、最後のほうは突如響いた轟音によって掻き消えた。

上空には黒の騎士団の斑鳩。

主力戦艦が現れたということはゼロを迎えに来たのだろう。

そう考えていたスザクの考えは正解ではなかった。

搭載されたハドロン砲が動く。

砲台の先は自分たちに向けられた。

何故。

そんな言葉は口に出されることは無く、スザクはルルーシュの手を取って走り出していた。


「スザッ・・・!!?」


ハドロン砲が発射される。

それはスザクとルルーシュがいた場所からは程遠い場所に向けられていた。

しかしその爆風で身体が揺らぐ。

殺すつもりではなく、捕らえるつもりなのだと悟った。


「スザ・・・っク・・・!放せ!」

「嫌だ!」

「殿下!お逃げください!」


スザクに手を引かれるルルーシュに背を向けたジェレミア。

見つめる先には黒の騎士団のナイトメアフレーム。

ジェレミアはその迫るナイトメアに生身で飛び込んでいった。

いくらサイボーグとして改造されている身とはいえ、ナイトメアの集団に叶うはずもない。

あっという間にジェレミアの姿は見えなくなった。


「ジェレミアッ・・・!」

「ルルーシュ!君は前を向いて奔るんだ!」

「スザク!このまま・・・ではっ、お前までっ・・・!」


ルルーシュはスザクの手を振り払う。

どちらにしろもう体力は持たない。

スザクと一緒に走り続けることは叶わないのだ。

本当に、道を違えてしまった。

出会って、親友となった頃。

将来こんな風に道を分かつことになろうとは夢にも思っていなかったというのに。

自然と、涙が溢れた。

ジャンル外の全力疾走で肺が悲鳴を上げる。




「俺、を・・・差し出すしか、お前が生きる道は・・・無い」




スザクの身体がピタリと動作をとめた。



「死ぬ、な・・・生きろ!」


頭の中が真っ白く染まる。

動かなくなったスザクの、目が赤に発光したのを見て。




穏やかに微笑んだルルーシュは小さく、ありがとうと告げた。












生きろ、だなんて






どうして君は
この忌々しい『呪い』を僕にかけたの






「ああああぁあぁぁあああっ!!」



東京の荒れ果てた土の上に一人。


涙を流しながら叫んだスザクの声はルルーシュには届かない。













予告の絶叫スザクを予想したのですが、あれは立派な高笑いでした☆



2008/08/13 UP
2011/04/06 加筆修正