シャーリーが『謎』の死を遂げてから2週間後。

ずっと登校することなく、クラブハウスにすら戻っていなかったルルーシュが姿を現した。

秘密情報局全員がギアスをかけられていたことから、ルルーシュの記憶が戻っていることは間違いない。

ルルーシュはゼロ。

そう思うことに最早なんの疑いも無い。

スザクは銃を構える。

銃口の先には風に靡く艶やかな黒髪。

学生服を纏うその後姿が心なしか小さく見えたような気もするが、そんなことはどうでもいい。


「ルルーシュ、君を殺す・・・今度こそ、僕が。」


歩みを止めたルルーシュは何も答えない。

振り返りもしない。

ただ空を仰ぎ見るように少し目線を上にしたようだ。

小さい、聞き取るのもやっとな大きさのルルーシュの声が風の音に紛れてスザクの耳に届いた。


「殺す・・・お前が、俺を・・・?」

「そうだ、君は記憶を取り戻した。ゼロなんだ。」

「そう・・・だな。俺がゼロだ。」


認めた、あっさりと。

スザクは少し驚いて瞠目する。

ルルーシュのことだ。

また様々な手を使って言い逃れようとするだろうと思っていたのに。

ギリッと歯を噛み締めて、照準がぶれた銃を構えなおす。


「どういうつもりだ。」

「何のことはないさ。ただ・・・」


ゆっくりと振り返る。

随分とやつれた顔。

血色は悪く、とても普通の状態とはいえない。

少し紫色に染まったルルーシュの唇がゆっくりと動く。


「お前に、殺されるなら・・・それが一番いいと・・・」


思っただけだ。

そう言ってルルーシュの身体が傾ぐ。

ドサッという音と共に地面に崩れ落ちたルルーシュを、スザクは暫しの間呆然と見つめた。

自分はまだ発砲していない。

静かに近づくと、ルルーシュは浅いもののちゃんと呼吸をしている。

体調が優れないのだろう。

蒼白な顔色。

スザクは無言で銃を向ける。

引き金を引けば全てが終わる。




ユーフェミアの仇。

シャーリーの仇。

帝国の敵。




『ゼロ』はいなくなる。

エリアが安定して、今の総督である少女も落ち着くはずだ。


「なん・・・で・・・」


それなのに、何故か引き金を引くことができない。

手が震えて照準が再びズレる。

憎いはずなのに。

赦せないはずなのに。

『スザクくんは『赦せない』んじゃないよ。『赦したくない』だけ。』

この学園で恐らく一番ルルーシュの近くにいた女性。

シャーリーはそう言ったあと数時間も経たずにこの世を去った。

暗にルルーシュを容認していた彼女は、そのルルーシュに殺された。

シャーリーの言葉に揺らいだ心は、彼女の死をもって安定を取り戻した。

だから今、引き金を引かなければならない。

幕を引かなければならないのに。

何故自分の手は、指は。

引き金を引くことにこんなにも躊躇しているのか。

震える手がいうことを聞かない。

握り締めていたはずの銃は制服のポケットに身を隠し、スザクの手は変わりにルルーシュの細い身体を抱き上げていた。






















アッシュフォード学園の校医である女性は、ルルーシュを見て息を呑んだ。

スザクによって医務室に運び込まれたルルーシュは目を覚ますことなく、校医の診察にされるがままになっている。


「睡眠不足に栄養失調・・・本当に暫く何も食べていないようだわ。」

「栄養失調って・・・」

「これは心因性のモノかもしれないわね。拒食症の可能性も捨てきれないし。」

「ストレス・・・ということですか。」


校医は静かに頷いた。

アッシュフォード学園の医務室は最新の医療機器が揃い、優秀なドクターが常駐している。

それは公に病院に通うことを拒んだランペルージ兄妹のためにアッシュフォード家が取り計らったのだが、スザクはソレを知らず、ルルーシュやナナリーすらも知らないらしい。

今はアッシュフォード側の人間の記憶もブリタニア皇帝のギアスによって書き換えられいるが。

校医が検査結果を見て眉を盛大に顰めたのを受けて、結局成り行きで付き添っているスザクは混乱した。

曰く、ルルーシュの胃の中には食べ物などの痕跡がまったく無いらしい。

そんなこと、あるはずが無い。

ギアスという忌まわしい能力で平然と命を奪ってきた彼が。

まるで頭を鈍器で殴られたような衝撃がスザクを襲う。


「ランペルージ君も・・・フェネットさんのことが堪えたのかしら・・・恋人同士だったんでしょう?」

「そう・・・みたいですね。」


校医はそれからルルーシュに点滴を施してその場を離れてしまった。

目が覚めたら呼んでね、と頼まれてしまってはこの場を離れるわけにも行かず。

スザクはベッド脇の椅子に腰掛けてルルーシュを見る。

昔からルルーシュは色が白かった。

生まれた人種もあるだろうが、それでも彼はブリタニア人の中でも群を抜いて白く、そして美しかった。

女性顔負けの美貌は周囲の誰もが羨み、ルルーシュにとってはコンプレックスの種。

体力が皆無なのが玉に瑕だが、頭脳明晰。

一年前。

7年ぶりに再会した彼は『ガサツになった』と思った。

しかし7年という月日は長く、変わってしまうのも仕方の無いこと。

そして彼の場合7年という歳月は母国への憎悪を膨らまるだけのものだった。

ルルーシュに対して抱いていた感情はそれこそ『恋』や『愛』に分類されるものだった。

同性同士で、というのが気にならないほど。

存在は大きく、かけがえの無いものだった。

しかしルルーシュはギアスを得て、母国に反旗を翻した。

周囲を欺き、従属させ、命を奪う。

異母兄も、自らの主であった異母妹も、彼はその手で命を奪った。

ついにはルルーシュ自身の恋人までも。

罪の大きさはもう許されざるところまで膨れ上がっている。

だからこそ親友であった自分の手で終わらせようと。

彼を殺すことで、彼がこれ以上罪を重ねないように。

幕を引こうと覚悟したのに、自分はそれができなかった。

シャーリーの言葉が何度も何度も頭の中で響く。

唇を噛み締めたスザクの思考を邪魔するように、声が聞こえた。




「な・・・ぜ、殺さな・・・い?」




弱弱しい声を発したのは勿論ルルーシュだ。

虚ろながらも漂わせた視線がスザクを射抜く。


「はや、く・・・殺せ。どうせそのポケ・・・ト、にあるんだろ・・・?」


ポケットに忍ばせたままになっている銃。

それを指しながら、ルルーシュは殺せとスザクに迫る。


「僕に生きろとギアスをかけた張本人が何を言っているんだか。」


誰が殺してなどやるものか。

そう思いながら校医を呼ぶ。

それから暫くルルーシュは校医にキツイ説教をされた。

ルルーシュの鞄からは大量のビタミン剤と睡眠薬。

睡眠薬はどうやら功をそうさなかったらしい。

もう少し休んでから帰りなさいと言い残して部屋を出た校医の後姿をスザクが見つめていると、先ほどよりは幾分はっきりとした声音が響いた。


「殺せ」

「嫌だ」

「お前・・・俺を殺したいんだろう?」

「そうでもしないと君は止まらないだろう。」

「やっぱり・・・スザク、お前の言うとおりだったよ。」


ルルーシュが腕で目元を覆う。


「世界からはじき出されたのは俺だ。もう俺の存在はいらない。」

「どういう風の吹き回しだ?」


スザクが息を呑む。

ルルーシュの発言に驚いたからではない。

ルルーシュのロイヤルアイから大粒の涙が零れ落ちていたからだ。


「ルル・・・シュ・・・?」

「みんな、いなくなる。みんな俺がっ・・・俺が奪ってしまう!」


ルルーシュが大きく身じろいだ。

刺さっていた点滴の針が抜けてシーツに赤い染みを作る。


「俺がいる限りまたっ・・・」

「落ち着け、ルルーシュ!」

「きっとお前もッ・・・!」


大切なものはいつも、手をすり抜けてしまう。

奪いたくなかった、守りたかったものまで失ってしまう。


「これ以上はもうっ・・・」

「立ち止まるな!」


スザクが叫んだ。

ルルーシュの身体がびくりと震える。


「君はもう奪う側に回ったんだ。今更嘆くな、悲観するな。君にその権利は無い。」


ルルーシュの目からいっそう涙が溢れ出す。


「君は自分が歩んできた道をこれからも進むんだ。僕はそれを正面から迎え撃つ。」

「スザッ・・・」

「君は僕が殺す。僕以外の奴に殺されるな。その代わり・・・」


すっと、胸に痞えていたものが無くなった気分。

ああ、そうだったのか。

スザクは微笑んだ。








「僕も君に殺されてあげるよ。」














友情と、紙一重の狂気
















何で憎いルルーシュを撃てなかったのか。



憎いのと同じくらい、愛しているからだ。





































とりあえず、16話完全無視。
17話の枢木神社で二人きりもまったく関係ありません。
時間軸も適当です。
スザルルになったかな、いや・・・頑張ったほうだと思いますw



2008/07/30 UP
2011/04/06 加筆修正