コエは、想像していたものよりも低めだった気がする。
屋上でぼんやりと空を眺めながら、スザクはそんなことを考えていた。
憎らしいほど晴れ渡った青い空と、高所ならではの強めの風。
日差しは温かくて自然と瞼が下りそうになるのを堪える。
コンクリートの地面に腰を下ろして、小さく溜息を吐いた。
ルルーシュが学校を休んで2日目。
あんなに高い熱が出たのだから当たり前といえば当たり前だ。
結局あの日、勢いに任せて秘めた想いを伝えて。
それ以上何も言えなくなって、ルルーシュも何も言わないのをいい事に逃げ出した。
帰るときナナリーに相当不審な目で見られたけれど、その時はそんなことを気にしている余裕すらなかった。
抱いた想いは世の理に反したもので、もしかしたらもう目すら合わせてもらえなくなるかもしれない。
「なんで・・・言っちゃったんだろう・・・」
自然と漏れた呟きは虚しく響いた。
言わなければずっと仲のいい友達でいられたのに。
悔やんでも悔やみきれない。
無性に溜息が吐きたくなって、大きく吐き出すために息を吸い込んだ。
その途端。
「スーザクー。」
ビクッと身体が震えた。
脈打つ心臓を落ち着かせながら振り返ればそこにはリヴァルが立っていて。
「そこまで驚くことないだろー。」
「ご、ごめん。」
「これ、お前に伝言。」
「誰から?」
それにリヴァルは答えず、手に持った白い紙を押し付けてくるだけだった。
その紙に書いてある字には見覚えがあって。
面食らった顔をしていると、リヴァルがスザクの顔を覗きこむように屈む。
「お前ら、何かあったの?」
「・・・何で?」
「何か・・・っていうか、アレか。スザクがあいつに告白したくらいか?」
「・・・っ」
「あ、勘違いすんなよ?直接聞いたわけじゃなくてさ、いきなり『同性愛ってどう思う?』って聞いてくるもんだから、そうなんだろうなと思って。」
「・・・リヴァルは何て答えたの」
「俺、お前相手なら全然おっけー・・・って、睨むなよ。だいじょーぶ、俺会長一筋だからさ。」
メモ紙をポケットにしまいこんだ後、苦笑したスザクはリヴァルに手を振ることで挨拶して屋上を出た。
体育館裏に来い、なんて。
いつの時代のヤキ入れ文句だろうと思いながらもスザクは歩く。
何故よりにもよって体育館裏なのだろう。
体育館裏にはその建物自体と木々が作る日陰で薄暗くなっていた。
日陰に入ると当然肌寒い。
病み上がりの身でこんなところにいるなんてと毒ついた。
ルルーシュは芝生の上に座っていた。
手にはスケッチブックを持っていて、それが筆談用なのだとすぐ分かる。
足音なんてものは当然聞こえないから、近くまで歩いて彼の前にしゃがんだあと、彼が気付けるように顔を覗きこんだ。
「学校、来てたんだね。お昼から?」
こくりとルルーシュは頷いた。
「っていうか何で体育館裏なの?こんな肌寒いところ・・・」
ルルーシュは暫くじっとスザクを見て、それからスケッチブックを手に取った。
ぺらぺらとページを捲る。
あるページにたどり着いたとき、そこに何かを記すのではなくて、スケッチブックをそのままスザクにつき合わせた。
『生徒会室よりここの方が邪魔が入らない』
あらかじめ、ルルーシュは答えを用意していたらしい。
スザクが問いかけてくるであろうことを予測していたようだ。
ルルーシュが自分の横の芝生を叩く。
座れというサインに逆らうことなくスザクは腰を下ろした。
本当は逃げたいという気持ちでいっぱいだったが。
『好きなんだ』
あの時告げたその言葉を、ルルーシュは黙って聞いていた。
もしかして友愛と思われているのだろうかと心配したが、リヴァルに相談していたことからちゃんと伝わるだけは伝わったらしい。
きっとその時のことについて何か告げるために呼び出したのだろうが、ルルーシュはただそこに力なく腰掛けているだけだ。
スザクは伺うようにルルーシュの顔を覗きこむ。
スザクが何か言葉をかけようと口を開きかけたとき、ルルーシュはボソッと呟いた。
「怖かった」
突如として耳に届いたのは、紛れも無く彼の声。
筆談するための紙とペンを持っているのに、ルルーシュはぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。
彼の声に、スザクは驚きながらも真剣に耳を傾けた。
「俺には音が聞こえない。自分が出す声も。だから自分がちゃんと言いたいことを言えているのか・・・それが分からなくて、怖かった。」
「・・・うん。」
「お前のことを、信用してないとか、好きじゃないとか、そういう理由で声を出さなかったわけじゃない。」
「ルルーシュ?」
「お前・・・怒ってただろう。声が出せること、俺が黙っていたから・・・。」
「・・・ごめん、怒ってたわけじゃない。ただ、僕にはどうしても超えられない壁があったのかと思ったら、少し・・・悔しくなって。」
なんて独り善がりな、と嫌気が差した。
それっきり会話はピタリと止まってしまい、気まずい空気が流れて。
恐らく居心地が悪くなったのだろうルルーシュが立ち上がって「それだけだっ!」と声を上げた。
走り去ろうとする彼の手を、スザクは咄嗟に掴む。
冷え切っている体温に顔を顰めながらも、スザクは必死だった。
このままでいいはずが無い。
苦しめたくは無いが、このまま放置してもきっとそれはそれで苦しめる結果に終わってしまう。
「待って・・・お願い、ルルーシュ。待って。」
「・・・・・・」
「あのこと・・・忘れていいから。」
細い肩は小さく震えていた。
「君が弱っている時にあんなこと言うなんて、僕は普通じゃなかった。だから忘れていい。」
「そ、れ・・・で?」
「それでって・・・。」
「今まで通りトモダチでいようって、お前はそう言うのか。」
そうだ、と言いかけて口を噤んだ。
今にも泣いてしまいそうな顔を、ルルーシュが浮かべていたから。
「ルルー・・・」
「もう、いい」
ルルーシュの声の震えが一層大きくなる。
スザクが握ったままだったルルーシュの手に力が籠った。
振りほどかれる。
そう思った瞬間、スザクはそれ以上の力でルルーシュの手を引き、ルルーシュの体勢が崩れたのをいいことに力任せに引っ張って自分の腕ですっぽりとルルーシュを包み込んだ。
もがく彼の抵抗をものともせず、スザクは抱きしめる。
「はなせ!」
彼の肩口に顔をうめている状態では、ルルーシュはスザクの言葉を読み取ることができない。
その代りにスザクは腕の力を強めた。
「なんで君は、そうやって・・・」
「ス、ザク?」
身体を密着させているから、身体に伝わる振動でスザクが何か言葉を発しているということだけは分かったのだろう。
この状態では言葉が読み取れないからと、ルルーシュが身をよじる。
やっとの思いで抜け出し、ルルーシュがスザクの顔を覗き込んだ。
そして目を剥く。
スザクは、とても冷たい目をしていた。
「君は、残酷だ。」
「スザ・・・」
「僕の想いを知って、でも応える気がなくて、それでもそうやって期待させるようなことばかり言うんだ」
「違うッ・・・俺は!」
「じゃあ言ってよ。『男同士でなんてあり得ない』って、そうハッキリ言ってもらえれば僕だってッ!」
「い、たい・・・!はなせ!」
苦痛に顔をゆがめたルルーシュの切羽詰まった声に、我に返ったスザクは慌ててルルーシュと距離をとる。
目に涙をうっすらと浮かべたルルーシュはキッとスザクを睨みつけた後スケッチブックを投げつけた。
バサッとスケッチブックが宙を舞う。
踵を返して走り出したルルーシュの背中をスザクは呆然とした様子で見送った。
なんてことをしてしまったのだろう。
そんな後悔が胸中を渦巻いて、自己嫌悪で潰れてしまいそうだった。
これで完全に彼に嫌われてしまった。
終わりだ、とため息をつきかけて、ふと先ほど睨みつけてきたルルーシュの表情を思い出す。
「・・・ルルー、シュ」
彼の顔は、赤かった。
顔といわず耳まで赤かった。
もし本当に気が無いのなら、あの場面で赤くなる必要があっただろうか。
スザクは呆然とした様子でルルーシュが投げていったスケッチブックを拾って中をパラパラと捲る。
日常の何気ない会話。
暫くは無作為に書かれたそれらの文字が続く。
しかし捲っている内にスケッチブックは空白のページが続いていくようになっていった。
それでもそのまま捲り続けていくと、最後のページになった。
そこに、小さく書かれた文字を見て。
勢いよく閉じたスケッチブックを小脇に抱えてスザクは走り出した。
満ちて、溢れて
『スザクが好きだ』
毎度毎度中途半端な終わり方をしてきましたが、今度こそ終わり・・・でもないかもしれないorz
やっぱり中途半端ですか?ですよね?
2009/09/22 UP
2011/04/06 加筆修正