親の都合で転校、なんてことは日常茶飯事だ。

酷いときは一ヶ月に一度。

どうやら相当人当たりはいいらしく、行く先々で友達は作れたものの、そんな生活故に深くまで付き合える友人はいなかった。

今回の転校はこの年2回目。

春先だったから、何とか学期の最初から編入することが出来たのは幸いだった。

今回は少し長くなるわよ、なんて母親の言葉に大して期待はしていないし、人生というものは行き当たりばったりでも意外とどうにかなるものだと高を括っているスザクにとっては何の抵抗もなかった。

春の匂いは決まって茂る緑の香りだ。

校舎までの長い道のりにはつい最近咲き始めたらしい桜の木が所狭しと並んでいて、桃色のトンネルのようになっている。

同じ制服を纏うほかの学生はどうやらクラス分けの掲示に夢中のようだ。

スザクはそのまま職員室に行って、クラスを聞くことになっている。

ただ黙々と歩いていると、ふと一人の学生の後姿が目に留まった。

肩にギリギリつかないくらいの黒髪。

体型は痩身痩躯で、ゆっくりと歩いている。

スザクの後方から走ってきた他の学生が、彼のところまで走って、その肩に手を置いた。

彼は気付いたように手を振って、そして肩を叩いた学生はそのまま走っていく。

その後、また一人、また一人。

彼に挨拶をするらしい者全員が、まず彼の肩に手を置いた。

自然といえば自然だが、不自然といえば不自然だ。

彼に挨拶する時は肩を叩く、なんて決まりごとでもあるかのようだ。

校舎が近づくに連れて人ごみが多くなってくると、彼の姿は見失ってしまった。

まぁいいか、とスザクは校舎に足を踏み入れたのだった。















「枢木スザクです。よろしくお願いします。」


転校生としての挨拶など慣れたものだ。

座席表を渡され、そこにある自分の名前の場所を探す。

窓側の一番後ろ。

日差しが温かそうな席だ。

鞄を置いて椅子に座る。

ふと、前の席に座っている人物を見た。

黒髪。

然して珍しいことではないが、妙に見覚えがあった。

(朝の・・・)

朝、登校途中に見かけた彼。

何という偶然だろう、とスザクは座席表に目を落とす。

自分の、前の席。


ルルーシュ・ランペルージ。


それが彼の名前。

横の窓を見ると彼の横顔が映っている。

びっくりするほど綺麗な顔だった。

男子学生の制服を着ていなければ女性と言っても通るような、整った顔。

絶対まず一番初めに、彼に声をかけようと誓った。











授業中はとても気が気ではなかった。

声をかけようと決意した途端、声をかけたくて仕方がなくなってしまう。

それでも我慢し続けた結果、授業の半分が自習という名のレクリエーションになった。

クラス替えをしたばかりの教室は、恐らく他の生徒たちにとっては顔見知り半分、初めて半分・・・といったところだろう。

また一緒だね!とかこれからよろしく!とか。

そんな声が教室中に溢れた。

スザクは意を決し、声を出す。


「あの、ランペルージ、さん?」


男に対してさん付けはおかしいだろうか。

でもいきなり呼び捨てというのも相手の気を害してしまうかもしれない。

そんな悶々とした考えを抱きながら返答を待ったのだが、レスポンスは一向に返ってこない。

寝てるのか、とも考えたのだが、窓に目を映すと彼はただ机の上に広げているらしい本に集中しているようだった。

もう一度。


「あのー・・・」


聞こえなかったのだろうか。

ピクリとも反応しない彼にスザクが首を傾げると、スザクの横にすっと人影が迫った。


「えーっと、スザクって呼んでいい?俺はリヴァル・・・リヴァル・カルデモンド。」

「うん。よろしく。」


リヴァルは一瞬スザクの前に座っている彼に視線を移したかと思うと、それからどこかバツが悪そうに笑った。


「ルルーシュに用あんの?」

「用っていうか・・・席が近いから仲良くなれたら、て思ったんだけど。」

「そっか。あのな・・・」


リヴァルは彼の肩に手を置く。

あ、まただ。

そんなことをスザクが考えたとき、彼はゆっくりと顔を上げた。


「ルルーシュ、スザクが友達になりたいって。」


リヴァルを見上げるルルーシュの横顔はやはり整っていた。

少し眠たそうに伏せられていた目が驚いたように見開かれ、それから目元が緩む。

振り向いてきたルルーシュと、スザクは初めて面と向かった。

宝石のような紫の瞳がとても印象的だった。

片手を差し出して微笑んだルルーシュの手をとって、スザクは「よろしく」と呟く。

ルルーシュの背後に立つ形になったリヴァルは苦笑した。



「ルルーシュ、耳が聞こえないんだ。」





























大して会話も無いままあっという間に放課後。

必ずクラブ活動に参加しなければならないという校則を知り、適当な運動部に入ろうと思っていたスザクだったが、リヴァルの誘いがあって生徒会へと入った。

転校生で、またいつ転校するかもしれない身の上で生徒会に入るのは憚られたのだが、リヴァルの話によれば、生徒会といってもそこまで堅苦しいものではないらしい。

運営はほぼ生徒会長と副会長が行うため、そのほかの役員はただの雑務や企画の立案。

生徒会長のミレイは気さくな女性で、スザクは安堵した。

驚いたのはあのルルーシュが副会長だったということだ。

彼は一人、デスクの上の書類に向かっている。

スザクが声をかけあぐねていると、ミレイがルルーシュの背に思い切り抱きついた。

ルルーシュが顔を上げる。


「ルールちゃん!スザクの歓迎会・・・」


するとルルーシュはすっと視線を手元に戻し、なにやらペンで紙に書いている。

やがてミレイは苦笑した。


「・・・ですよねー。」


さり気無くそれをスザクが見ると、そこには『予算は無いので内々でお願いします』。

どうやら普段の会話は筆談らしい。

ミレイが離れた後、スザクは意を決して立ち上がった。

ルルーシュの座っている場所の対岸の椅子に腰を下ろし、見つめてみる。

やがて向けられる視線に気付いたらしいルルーシュは怪訝そうに眉を寄せて首を傾げた。


「あ、あの!別に大した用はないんだけど!ただその、なんていうか!」


一層ルルーシュは眉を寄せた。

ああ、そうだ。

彼は耳が聞こえないのだ。

それを思い出して、ルルーシュの手元にあったペンを取ろうと手を伸ばす。

しかしそれはやんわりとルルーシュの手に制され、代わりにルルーシュがペンを持った。

カリカリと紙に文字が書かれていく。


『唇の動きで大体分かるから、ゆっくり話してくれると助かる』


性格なのか、きっちりと整った文字。

何故か、気持ちが高揚した。




これで彼と話が出来るのだと、きっとそういう喜びだった。






君のオトと僕のコエ





本当は盲目で考えていたんですが、目に入れても痛くないナナリーが見えないというのはルルーシュにとって拷問かな・・・と(笑)
最近にょたルルばっかり書いてるような気がするのでリハビリですw
続く・・・かも、しれない・・・です(自信無し)