恋人が死んだのは3年前の、雨の日だった。



元々体が弱かった恋人は日々合併症が増えていって、ついには治療にすら耐えられなくなった。



ベッドでいつも苦しげに呼吸していた彼の最期はとても安らかで、微笑んでいて、眠るように逝った。








いつか見たあの空は










身体の水分が無くなるんじゃないかって不安になるほど涙は止まらなかった。



内蔵を全て出してしまうんじゃないかってほど吐いた。



このまま蒸発してしまうんじゃないかってほど熱かった。



そしてこのまま、眠ったらどうなるのだろうと考えてしまうほど、寒かった。



振り返るな、と恋人は言った。



忘れろ、とも。



それが恋人の望みだったから頷いて見せたけれど、実際それは無理な話だ。



なんて残酷。



置いていくだけじゃ飽き足らず、想い続けることすら許してくれないなんて。



だったら『今までありがとう』なんて言わないで欲しかった。



その時の笑顔ですら余計に脳に刻みつけられて、いつもいつも脳裏に蘇る。



骨の浮き出た色の白い手の感触は忘れられない。



見つめてくる瞳の色も忘れられない。



掠れた声も、吐息の熱さも。



きっと一生、もう恋はできない。



いつも恋人が邪魔をするから。



人を好きになれないし、きっと恋人ができても比較してしまうから。



恋人はこうだった、ああだった。



そうやって比べることはきっと誰かを傷つける結果しか生まない。



恋人はきっと早く幸せになれと思っているだろうけれど、やっぱりそれは無理なんだ。



だって恋人を忘れる方法を、知らないから。


























「スザクってホントにポエマーよね〜。」

「どうやったらこんな話思いつくの?」


今日は同じ大学に通う女性に話を聞かせた。

そしていつも人々は同じ感想を漏らして、いい話をありがとうと去っていく。


「実話、なんだけどなぁ。」


誰もいなくなった中庭で一人、スザクは呟く。

誰もスザクの話を信じたりはしなかった。

一度だけ、これは実話なんだと言ったことがある。

そうしたら、「こんなキレイな話あるわけない」と苦笑された。

どこがキレイなのかも分からないし、いい話なのかも分からない。

ただ死んだ恋人が忘れられなくて、未練たらたらに引きずっているダメ男の話なのに。

最初は交際の誘いを断りきれなくて事情を話すことから始まったこの『物語』は今や完全な作り話のようになってしまった。


「・・・帰ろう。」


空を見上げれば、あの日の空の色と同じだった。

重たい灰色。

きっともうすぐ雨が降りだすだろう。

雨に濡れるのは嫌いではないから傘は持ち歩かない。

でもどうせ他にやることもないのだからさっさと帰ってしまおうと、スザクは立ち上がった。











「・・・冷たっ」


ああ、遅かった。

旋毛あたりを直撃した水に肩を竦めながら、スザクは走るのをやめた。

降り出してしまえば同じこと。

どんどん強くなる雨脚に目を細めながらゆっくり歩く。

人通りが少ない路地。

ザァーっという雨の音。

蘇る記憶。

雨に濡れるのは好きだ。

涙を隠してくれるから。

目頭が熱くなっても、何かがあふれ出したかどうかなんて傍目には分からない。


「僕は、こんなにも・・・」


そう呟いたとき。

雨の音に何か小さい音が混じったような気がした。

か細いそれは、声。

もう一度耳を澄ませる。




にー




聞こえた。

仔猫の声だ。

辺りを見回して、その声の主を探す。




にー




時折聞こえるその声に全神経を集中させた。


「・・・見つけた。」


数メートル離れた電信柱の下に、一匹。

強い雨に打たれながらも背筋をぴんと伸ばして座っている。

水に濡れて張り付いた体毛は黒。

まだ本当に小さい、母猫といるのがあたりまえじゃないかとすら思う子猫が。

スザクはゆっくりと近づく。

動物には好かれない性質だ。

特に猫には。




にー




ゆっくりゆっくり、猫を脅えさせないように距離を詰める。

近づくにつれて分かったのは猫の瞳の色だ。

くりくりとした丸く大きな瞳の色は紫。

結構珍しい色ではないだろうか。

しかし何より。


「そういえば、生まれ変わったら猫になりたいとか言ってたっけ。」


呟きながらしゃがみこんだ。

子猫は臆することなく、じっとスザクを見つめる。


「ねぇ、ウチにくる?」



にー





子猫は一鳴きしたあと、ゆっくりとした動作で立ち上がってスザクのズボンの裾に身を擦り寄せた。

ここまで猫に好意的な姿勢を表されたのは初めてで、正直どうしたらいいのか分からない。

恐る恐る子猫を抱き抱える。

冷え切った小さい身体は震えていて、これは走って帰らなくてはいけないな、なんて考えながら。


「君の名前、ルルーシュでいい?」

にー




応えるように、子猫は鳴いた。




(君と同じ色彩を持った猫に君の名前をつけたなんて知ったら、『情けない』って君は怒る?)




リクエストに煮詰まってきたので(早)
たまには気分転換でもしようと思って書いたんですが、どうやら私、相当おセンチ(死語?)だったようです。
これから拾った黒猫が綺麗な黒髪の青年に変身するんですね、わかりm(ry



2009/04/10 UP
2011/04/06 加筆修正