申し訳ありません。
そう告げたとき彼女は少しだけ心を乱したが、それでもすぐさま笑顔を取り繕った。
仮面を被るのが早い。
流石は、あの方の妹。
そう思うと、胸が熱くなった。
深夜1時。
咲世子は毎日コーヒーと夜食を持ってラボを訪れる。
平和という均衡を保つために尽力している新たなるゼロ。
彼の為に、というか彼が遺志を継いだ別の者の為に、彼らは研究を続けていた。
もうランスロットのようなKMFの新世代を誰かと競い合うように発明する必要は無い。
エネルギー供給だとか発電システムだとか。
そういう争いとはかかわりの無いものを研究する。
その道を歩むことが出来ているのはひとえに『ミッション・アパテ・アレティア』のおかげだ。
「コーヒーが入りましたよ。」
トレーに4人分のマグカップを乗せて、咲世子は歩く。
それなりの重さになったトレーを片手で支え、散らばった書類を寄せてデスクの上にスペースを作り出す。
そこにマグカップを置いて角砂糖とミルクを入れていく。
誰が、どんな味を好むのかは既に把握済みだ。
まずは砂糖とミルクをたっぷり入れたコーヒー。
「あはぁ、ありがとぉ〜。」
受け取った男は気の抜けた返事をした。
次のコーヒーには何も入れない。
所謂ブラックだ。
「ありがとうございます、咲世子さん。」
濃紺の髪の女性は書類を置いてマグカップを受け取った。
次は砂糖だけ。
「あ、ありがとうございます。」
眼鏡をかけた女性はかつて仕えた主の学友だった。
「夜食も用意しましたので。休憩なさってくださいね。」
マグカップと共に持ってきた皿には三つのおにぎり。
ロイドは嬉しそうにそれに手を伸ばした。
それもそのはずだろう。
以前夜食を作ってくれていたセシルは料理センスが素晴らしかった。
おにぎりのなかにジャムなんて当たり前。
咲世子はその点普通であるから、そんな心配はない。
・・・と思っていたのだが。
「咲世子君、これ・・・何入れたの?」
いつもの口調とは打って変わったロイドが眉を顰めた。
おにぎりに手を伸ばしていたセシルとニーナも一旦手を止める。
咲世子は微笑んで会釈した。
「おめでとうございます。」
水差しの水をコップに注いで、それを差し出す。
目にも留まらぬスピードでそれを受け取ったロイドは一気に呷った。
ジャム入りおにぎりでさえ悲鳴一つ上げず涼しげな顔で租借していた彼をそこまでさせるのはなんなのか。
興味からおにぎりの中を覗き込んだニーナは絶句した。
「なん、ですか・・・これ。」
「ワサビです。ワサビ入りは一つしかありませんから、セシル様とニーナ様は安心してお召し上がりください。」
何故夜食でロシアンルーレットをしなければならないのか、全く持って理解できなかった。
しかしそこで思い出すのは一時期仕えていた主だ。
咲世子は天然。
彼はよくそう言っていた。
不可解な行動は全てその一言で片付けようと、三人は決意する。
残った2つのおにぎりを手にとって、かぶりつく。
「あ、よかった・・・普通にほぐしたサーモンだ。」
「私も。変なものが入っていなくてよかったわ。」
お前がそれを言うのか、と。
ジャムおにぎりの被害を被った者ならば誰もがそう思うだろう。
セシルとニーナは何事も無く完食し、ロイドも水を飲みながら何とか食べきった。
別に無理をする必要は無かったのだが、彼は涙を浮かべながらも全てその胃に納めた。
夜食を摂り、一時間ほど休憩を兼ねて談笑するのが4人の日課だった。
時にはいい成果が出ないなどの愚痴にも成りえる。
今回は、まったく違った会話だった。
「ナナリー陛下のお誘い、断ったんだってぇ?」
後ろ向きに椅子を跨いで、背もたれに顎を乗せる。
そんな体勢でロイドはにやりと笑った。
「もうお耳に入っていましたか。」
「ロイドさん、実は地獄耳なんですよ。」
「情報通だって言ってよぉ。」
それで、なんで?
そう聞いてきたロイドに咲世子は首を傾げた。
昔のように、傍で支えてはもらえませんか。
そんな彼女の願いを、咲世子は受け入れなかった。
何故、と聞かれれば「その気が無かったから」としか答えられない。
「だって一年前、仕えてたんでしょぉ〜?」
「はい、お世話をさせていただいていました。」
「で、なんで?」
「ロイドさん、もういいじゃないですか。」
セシルが止めに入るがロイドは気にしない。
詰め寄られた咲世子は苦笑して、自分の纏うメイド服を見る。
その服に誇りを持っていた。
「結局は・・・自分可愛さだったのかもしれません。」
ぎゅっと拳を握り締めればエプロンに無数の皺がよる。
「ルルーシュ様、ナナリー様。お2人とも私にとっては大切なご主人様でした。でも・・・」
ブリタニアを壊し、日本を解放すると言ったゼロ。
一年前の悲劇をもってしてもまだ特区を成そうとしたブリタニアの新総督。
おこがましいと思いながらも2人を天秤にかけたとき。
「日本人・・・イレブンであった私には、『ゼロ』が最後の希望だったんだと思います。」
だから彼に仕えることを決めた。
一緒に過ごす時間は彼女のほうが長かったにもかかわらずだ。
「手段を選ばず、ただ茨を進んだあの方を・・・世界を創ってくださったあの方を最後の主に、と。あの作戦の折、心に決めました。」
もう新たな主は持たない。
篠崎流37代目としての力は全て亡き悪逆皇帝の為に。
「僕さぁ。」
黙って話を聞いていたロイドは、手に持っていたペンを放り投げる。
デスクの上にあった設計書も。
線を引くための定規も。
消しゴムも。
全て投げ捨てた。
その緩慢な動作を普段なら咎めるはずのセシルは何も言わない。
「陛下のこと好きだったと思うんだぁ。」
白が好きだった。
戦場で舞う色が白であるように、作り出した我が子のような機体の色を白にした。
なのに、黒もいいなと思った。
「陛下が死んでから、世界に『白』と『黒』しか無いなんだよねぇ。」
以前はそんなことは決してなかった。
白が好きだからといって世界全てが白く塗りつぶされていたわけではない。
それなのに、主が逝ってから、世界は白と黒の二色のみになった。
白も黒も、好きな色。
世界が好きな色なら幸せなのかもしれない。
それでも、胸のうちに残るのは虚無。
「ロイドさん・・・。」
「困るんだよねぇ。僕が愛するランスロットには、金も赤も必要なのに。」
ボディを縁取る金色。
胸の辺りや関節部に光るのは赤色。
エナジーウィングも含めるならエメラルドグリーンだって。
「色が圧倒的に足りないんだぁ。」
どうしたら世界に色が満ちるのか。
そう考えたとき、答えはすぐ出すことが出来た。
でもそれは決して叶わない願い。
人の理を捻じ曲げたような力を持っていた主でさえ、死者を蘇らせることはできなかったのだから。
「ルルーシュ、元気かな。」
呟くように口を開いたニーナに、セシルは微笑んだ。
「元気だといいわね。」
死後の世界がどうなっているかなんて、生きている者には図り知ることが出来ない。
生前いい行いをした者は天国にいくだとか、悪い行いをした者は地獄に落ちるだとか。
そんなものは死を恐れる者達の迷信だ。
だから、多くの血を流した悪逆皇帝が、死後の世界でよろしくやっている可能性だってあるのだ。
「ユーフェミア皇女殿下とかに怒られてるんじゃないですかねぇ。あは、お〜め〜で〜と〜!」
過去は振り返らない。
「ルルーシュ様のことですから、ナナリー様が心配で案外近くで見ていらっしゃるかもしれませんよ。」
「わがあるじにばんざぁああい。休憩終了ぉぉぉ!あ、セシル君その設計書踏んじゃ駄目でしょ〜。」
「投げ捨てたのはロイドさんです。」
今を、ただ生きるだけ。
モノクロ世界に幸せはありますか
世子さん主体で書き始めたはずが、後半ロイドさん主体になってました。
何となく旧キャメロットに身を寄せている咲世子と、意外と病んでるロイド。
ロイルルはやっぱり何だかんだで萌だと思います。
コーヒーの味は適当で。
ルルーシュの皇帝服の配色、ランスロットの配色と似てますよね。