「スーザクさーん」



女性、というよりは少女のそれに近い、高く澄んだ声。


遊びのようなニュアンスで名を呼ばれたスザクはビクリと震え上がった。


ギギギ・・・という油の注していない機械のような軋んだ音が聞こえてきそうなくらいぎこちない動作で振り返ったスザクは、いつのまにかそこに存在していた声の主に全身の血の気を下がらせた。


ミルクティーのような甘い色の髪を長く伸ばし、いつものように車椅子に腰掛けた彼女はにっこりと微笑んで。


彼女は可愛らしい仕草で首を傾げた。


なんでここに・・・という質問はおそらく愚問。


実際になんでここにいるのかは謎だが、そもそもルルーシュは攫われたナナリーを探してこの遺跡を訪れていた。


結果としてはナナリーがここにいても不思議は無い。


もっともスザクは、ナナリーがここにいると言ったルルーシュの言葉を信じてはいなかったのだが。



「どちらにいかれるんですか?」


「・・・ナナリー。」


「如何なる理由があろうと、お兄様を私から奪うなんて・・・許されることではないこと、分かっていますか?」



スザクが横抱きにしているのは気を失っているルルーシュ。


ナナリーの兄であり、スザクの親友であり、国家の敵。


自らの父が治める大帝国に牙を向くテロリストであったルルーシュは、スザクによって沈黙させられた。


ぎゅっと彼を抱く手に力を込めたスザクは、悟られないように深呼吸する。



「ナナリー、彼は・・・ルルーシュは・・・」


「それがどうしましたか。ゼロであろうと何であろうと、お兄様は私のお兄様です。」



スザクの言わんとしたことを感じ取り、ナナリーがいち早く口を開く。


唇をかみ締めて、スザクは腕の中の親友を見た。



「・・・ルルーシュは裁かれるべき犯罪者だ。だから俺が連れて行く。」


「駄目です。お父様のところへ連れて行くだけならまだしも、連れて行くのがスザクさんだなんて。」



ああ、皇帝の前に差し出されることのほうがまだマシなのか。



「下心丸出し狼なスザクさんにお兄様を任せるなんてそんな非道なこと・・・ナナリーにはできません。」


「・・・随分好き放題言ってくれるね。」



はははと乾いた笑いを浮かべたスザクに、ナナリーは眉を寄せる。



「下心?この僕に?」


「無いわけないですよね。いつもお兄様を『オカズ』にしているくらいですもの。」


「・・・そんな下品な言葉、どこで覚えたんだい?」



ナナリーはそれには答えなかった。


ただ微笑むだけのナナリーに背筋が凍るような感覚を覚えながらなんとか笑みを形作ったスザクは、この先どうするか・・・と真剣に悩み始めた。


ルルーシュを抱えているとはいえ軽すぎる彼の体重は苦にならないし、何より突飛した運動神経がスザクにはある。


加えて相手は車椅子。


軽く走っただけでも簡単に逃げられる。


しかしこのまま逃げていいものか。


そもそもナナリーをこんな場所に置いていくのは本意ではないが、しかし今彼女に近寄ればなんとなく危ないと本能が告げている。



「ねぇ、スザクさん。」



その声に、物思いに耽っていたスザクがいつの間にか下がっていた目線を上げる。


そして思わず「げっ」と呟いていた。


まぁ、なんて失礼な・・・と口を尖らせたナナリーは何故かスザクの前方約3m付近まで近づいていた。


それまでナナリーは何かの大きな扉の前にいて、そこからスザクが立っていた場所までは10m以上離れている。


何よりその扉の前には階段のような段差があって、車椅子で降りるのは難しい。


そして一番の問題は、スザクが接近に気づけなかったことだ。


まるで野生動物のような五感を持ち、しかも軍人であるスザクが。


車椅子を使って階段を下りてきたのならば、それなりの音が立つはずだ。


思わず後ずさった足が地面の砂を踏んでジリ・・・という音が鳴った。



「今までずっと我慢してたんです。」



困ったようにナナリーは眉を寄せていた。



「私、とても耳がいいんです。」


「・・・そ、それで?」


「だから全部聞こえていたんです。いっつもスザクさんがお兄様の部屋におしかけてはベッドに押し倒して、嫌がるお兄様を無理やり」


「ああああああああああ!!!」



ルルーシュを抱えているから耳は塞げない。


変わりに大声を張り上げればナナリーの声はかき消すことができた。


しかしそれはスザクにとって重大なミスだったのだ。



「ん・・・」



スザクの腕の中で身を捩る彼。


ルルーシュは呻きながらもゆっくりと目を見開いた。


状況が理解できていない・・・というよりはスザクと争っていたことなど忘れて、ほぁ!?といつものように声を上げるところが正直なんとも間抜けである。


やがて黙り込んだルルーシュは状況を把握したらしく、バタバタと暴れだした。



「放せッ!」


「嫌だよ。君はこのまま本国に連行する。」


「お兄様!」



悲鳴のようなその声に、ルルーシュは過敏に反応する。


聞き間違えることの無いその声は。



「ナナリー!やっぱりここに・・・無事だったんだな!」


「お兄様ッ・・・早く逃げてください!」



ところでナナリーは実に演技派である。


涙を自在に操れるらしい彼女はスザクの前ではらはらと泣き出したのだ。


ぎょっと目を剥いたタイミングはルルーシュとスザクは同時だった。



「ナナリッ・・・!」


「スザクさんがッ・・・お兄様をこのまま連れ去って監禁し、散々視姦した後嬲っていたぶってドロドロにしてやるって・・・!」


「僕はそんなこと一言もっ・・・」


「私・・・どういう意味か分からなかったんですけど・・・でもお兄様が危ないってことだけは分かりますっ!だからお兄様ッ・・・!」


「スザク貴様ッ・・・ナナリーになんて言葉を!!」



かくいうルルーシュも言葉の内容を理解しているわけではないのだが、何より大切な妹が泣いているという事実だけで奮い立つことは容易だ。


ついには懇親の力を振り絞って暴れたルルーシュがスザクの腕を逃れ、ぽろぽろと涙を零すナナリーを抱きしめた。



「ナナリー・・・何も心配するな!俺が守るから・・・っ!」


「お兄様・・・どこにも行かないでください・・・!」



荒廃した遺跡の中に花畑出現。


一人取り残されたような形になってしまったスザクは思わずため息をついてしまった。


目の前の兄妹はまるで何も気にしないのだ。


ルルーシュが纏っている衣装がゼロのものだということは目の見えないナナリーにとっては関係ないとしても。


そもそも今はブリタニア軍と黒の騎士団が全面戦争をしていることや、ナナリーが何者かの手によってこの遺跡に連れてこられたこと。


実はずっといるのに放置され、存在すら忘れられているカレン。


ほかにもたくさん気にするべきことはあるはずだ。


えー・・・と一人居た堪れなさに呟いたスザクから、ナナリーを抱きしめているルルーシュの表情は伺えない。


そのかわり。


兄に抱きしめられて涙を流しているはずのナナリーの口元が笑みの形になったことを、スザクは見逃さなかった。





damage control!







73120番リクです。
えーっと、7がスザクで3がジノで1がスザクが目指した位置で2がシュナ殿下で0がゼロ、でしたっけ(既に色々忘れかけてる私の脳終了。)
1期25話後でお送りしました。
最初はこれとは別の話になってたのですが、あまりにも暗すぎたので却下。
暗くならないようにと意識しすぎてスザクが黒くなりませんでしたが・・・orz 一応こっそりボツの方もUPしてあるので、novelページのこの小説のタイトルの後ろの!をクリックしてください。
damage controlは勿論髪のダメージ云々の意味ではなく、軍用語?で敵による被害を最小限にするための対策の方の意味です。
トキさま、こんなものでよろしければどうぞ^^