残念なくらい普通に死にネタですので閲覧注意!
早く、殺さなければ。
突如湧き上がった負の衝動にスザクは戸惑った。
誰を殺せばいいのかは分からない。
次はどうやって殺してやろう、と。手段に迷っている己がいる。
胸を一突きにしようか。首を掻っ切ろうか。水に沈めてやろうか。
当然のことながら世間一般で殺人は赦されない罪だ。
それでも殺さなければと心が逸る。
衝動とは裏腹に対象が見つからない、居心地の悪さのような不快感にぐっと唇を噛み締め、スザクは辺りを見回した。
人通りは多いほうだ。
しかし道行く人間を見ても標的らしい存在は見つからない。誰でもいい訳ではないのだ。少しだけ、何故かはわからないが安心した。
恐らくただ一人だけ、それこそ焦がれる程殺したい相手がいる。
もどかしさからスザクは大通りを離れて人気のない路地に入った。
立ち並ぶビルの影になり日の光が届かない、薄暗く少し肌寒い細い道。
そこでスザクは出会った。
誰もいないと思ったのに、ただ一人、男性が立っていた。
どくんと心臓が大きく震えた。
漆黒の髪に映える白い肌と、その血色の悪さで引き立つ紫電の瞳。
彼は、スザクを一目見て、笑った。
微笑んだ、という表現のほうが当てはまるような、優しく、清々しい笑顔だった。
思わずスザクは駆け出す。
心臓の音が煩い。
己の耳にまで露骨に響くような心音。ノイズ。
それに紛れて。
「おいで、スザク」
彼の声が届いた。
走るスザクを受け入れるように腕を広げた彼をスザクはそのまま押し倒して馬乗りになる。
心臓が煩い。目の奥が熱く、喉は不自然なまでに渇いていた。
細く白く、そして体温の低い首に両手を絡ませる。
どくどくと指先に彼の脈が伝わった。
何をしているのだろう。スザクは自分自身に問いかける。
名前も知らない、今出会ったばかりの男を押し倒して。
何故、首を絞めているのだろう。
ぐっと指に力を込めて気道を塞ぐ。
彼は特に抵抗する事もなく、少しだけ苦しげに喘ぐだけだった。
「何、してるの」
震える声で、半ば無意識の内にスザクはそう問いかけていた。
「何で、抵抗しないの」
問いかけるより先に、まず自分が力を緩めて彼を解放するべきなのだろう。
それが一番正しい事なのに何故かスザクはそうする事ができなかった。
「君は、誰なの」
何故。何故こんなにも。僕は。彼を。
殺したいんだろう。
「早く、答えてよ・・・死んじゃうだろ」
そもそも首を絞めている状態なら満足に声も出せないだろう。
だから指の力を少しだけでも緩めてやって、答える間を与えるべきだった。
しかしどうしてもそれが出来なかった。
彼は青い顔をして、苦しげな表情を少しだけ緩めた。
笑った。笑って、口を動かした。
「・・・っ、・・・ュ」
声は殆ど聞こえなかった。
彼の顔が至極穏やかなものに変化する。
瞼がゆっくり閉じられて、目尻から一筋涙が流れて。
指先に伝わっていた脈が、消えた。
殺した。
スザクは呆然として、彼の首から離した手でそのまま頭を抱えた。
頭がズキズキと痛む。
彼の、聞こえなかったはずの声と、言葉が。
頭の中で反響する。
・・・・・・・ュ
・・・ーシュ
・・・ルルーシュ
殺した。ルルーシュを。
また、殺した。
「嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼!!!!!!!!!!!!」
絶叫が響いた。
永遠回帰
誰もいない路地に横たわる二つの躯。
その内の一つが不意に動いた。
ゆっくりとした動作で起き上がったのは、スザクではなく、殺されたはずのルルーシュだった。
ルルーシュは鈍い痛みを残す首に触れて、軽く空咳をした後、空いたほうの手に伝わる生ぬるい感触に気付いてそちらを見た。
赤い。
スザクは、血溜りのなかにいた。
手にはしっかりとカッターナイフが握られていて、どうやらそれで掻っ切ったらしい傷が首に刻まれている。
嗚呼、また、死んでしまった。
ルルーシュが静かに目を伏せると、新たな涙が零れた。
どこか、遠い過去にルルーシュは、今此処に横たわっている『スザク』ではない、別の『スザク』に呪いをかけた。
殺してくれ、なんて。そんな願いのような形式ではなかった。
殺せ。単なる命令だった。
その呪い通りにスザクはルルーシュを殺し、その罪の意識からか自殺した。
しかしスザクが死んだ後、ルルーシュは何故か蘇ってしまい、その時初めて己が死ねない身体だということに気がついた。
そして時を重ねて、スザクは生まれ変わった。
生まれ変わったスザクに、ルルーシュはどうしても会いたかった。
どういう因果か、己を殺した相手に、また出会えるのだ。会いたい。その衝動だけでルルーシュはスザクに会いに行った。
ルルーシュは死ねないと同時に年を取らない身体だったので、姿形も当時のままだった。
一方生まれ変わったスザクは姿、性格はそのままであったものの、ルルーシュの事は覚えてはいなかった。
それが当然の事であるし、それでよかった。ただ一目だけでも彼が見たかったのだ。
しかし生まれ変わったスザクは、またルルーシュを殺した。
例えば生まれ変わったスザクと何らかの関係があって、何らかの理由があって殺したという訳ではない。
一目見るためだけに会いに行ったルルーシュを、スザクは唐突に殺した。
だが殺されたルルーシュは暫く後にまた目を覚まし、その隣で自殺したスザクを見た。
繰り返した。
それから何度も何度も、スザクが生まれ変わるたびにルルーシュはスザクに会い、スザクはルルーシュを殺して、そしてその隣で自ら果てる、という同じ運命を繰り返したのだ。
スザクが何度生まれ変わっても消えていない。いつの日かかけた『呪い』が。
ルルーシュは次スザクが生まれ変わっても、もう会いに行くのはやめよう、などとは思わなかった。
会わないほうがいいに決まっている。
会えばたちまちスザクはルルーシュを殺し、そして自殺する。
新しい『スザク』の人生をただ狂わせ、終わらせるだけ。
それでもルルーシュはスザクに会いに行くのをやめなかった。
会いたかったのだ。また狂わせると分かっていても。そもそも一番最初に狂わせたのも己だと分かっていて。それでも。
呪いをかけた時も、今も。
変わらず彼を・・・スザクを愛しているから。
スザクが己を殺すのは、彼がいつの日か愛した本物の『スザク』の生まれ変わりである証明なのだから。
ルルーシュは横たわるスザクの頬にこびり付いた血糊を指で拭い、冷たくなった唇にそっと口付けると、耳元で囁く。
聞こえるはずはないけれど。それでも。
「おやすみ、スザク・・・どうかせめて、来世でまた俺に出会うまでは・・・いい夢を」
とある曲のPVで呪いのナイフを持つと意に反して人を殺してしまう的なのがあって、それっていいなぁとか思いつつそういうの書けないかと書いてみたら全然別物になったという。