『勝手なことを言うようですまない。だがお前には・・・ナナリーを支えて欲しい。』
勿体無きお言葉。
しかし私はもう主を持つつもりはありません。
『そう、なのか?じゃあゼロレクイエムの後、お前はどうするんだ?』
恥ずかしながら・・・まだ考えてはおりません。
軍は離れるつもりです。
私は貴方様を最後の主と決めております故に。
『全く・・・呆れるほど忠義に篤い男だなお前は。』
褒め言葉として受け取らせていただきます。
『そうだな、これはお前にとっては褒め言葉だった。しかし・・・本当にどうするつもりだ?』
そうですね。
ではオレンジ畑でも耕しましょうか。
『オレンジ畑?』
以前同僚に言われたことがあります。
階級を棄て一からやり直すか、オレンジ畑を耕すか。
どちらか選べ、と。
『それは・・・あの事件の折りか?』
はい。
『それは・・・いや、本当に。すまないことをした。』
いえ、滅相もない。
私はあの出来事があったからこそ、今陛下に仕えることが出来ているのです。
感謝こそすれ、悲観してなどおりません。
『そう、か・・・それでオレンジ畑を?』
はい。
『お前の作るオレンジか。食べてみたいものだな。』
その時の会話は、一字一句違える事無く思い出すことが出来る。
食べてみたい。
そう言った彼の表情は目に焼きついて離れなかった。
ゼロレクイエム。
それで己の命を絶つ覚悟をしていた彼は、どんな気持ちでそう言ったのか。
世界を作り変えた後、己のいない世界で作り上げられたオレンジの甘味。
それを想像しながら、そう言ったのだろうか。
今となってはそれを図り知ることは出来ない。
火にかけた鍋の中身を撹拌しながら、思い出すのはいつも亡き主のことだ。
彼は色々なものを遺してくれた、とジェレミアは思う。
人に仕える喜び。
人を大切に思う心。
誇り。
それらは目に見えないものだ。
しかしちゃんと、目に見えるものも遺してくれた。
キッチンの引き出しを開ける。
綺麗な装飾のなされた表紙の、それなりに分厚い本。
それを開くと、そこにあるのは印刷で出された無機質な文字ではなく、整った手書きの文字。
料理を得意としていた主が書き綴った、オレンジを使った料理のレシピだ。
ジャムからケーキ、普段の料理にあうソースまで。
丁寧に記された文字が温かさを伝えてくる。
レシピの本をぱたんと閉じて引き出しを閉めた。
目の前でかき混ぜているモノも勿論主のレシピによるもの。
甘い香りを放つジャムは中々作るのが難しい。
幾度かの失敗を経てなんとか食べれるものを作れるようになった。
貴族に生まれ、爵位もそこそこ。
軍に身を置いて料理などする機会に恵まれなかったのも失敗の原因だろうか。
今は身の回りのことをすべて自分でしなければならない。
大変と言えば大変だがこれも経験だ。
今日の夕飯は何にするか、と考えているとカタンとドアが開いた。
そこから覗かせたピンク色が揺れる。
「アーニャ。」
「仕分け・・・終わった。」
「ああ、ありがとう。」
外した軍手をテーブルの上に置いて、アーニャはジェレミアの元に駆けてくる。
彼によって撹拌される鍋の中身を、いつものように無表情で覗き込んだ。
「・・・ちょっと、まとも。」
「そうだろう。」
アーニャの声には少しだけ喜びが含まれている気がする。
ジェレミアは今回のジャムの出来は過去最高だと自負していた。
それでもきっと、亡き主が作れば天と地の差程もある出来だろうが。
頃合を見て火を止めた。
あとは冷めるのを待って、清潔な瓶に詰めるだけだ。
アーニャが踵を返す。
どこに向かったのかと目線で追えば、彼女は食卓テーブルの上のバスケットに手を伸ばしていた。
バスケットを覆ったナプキンを取り払って、その下にある小さめのパンを一つ掴む。
苦笑して、ジェレミアはスプーンを取り出した。
戻ってきたアーニャからパンを受け取って、完成してまだ温かいジャムをスプーンで掬い取って塗りつける。
少し多すぎるのではないかと思うほどふんだんに。
アーニャは文句を言うことはなく、少し嬉しそうに目を細めていた。
「まだ熱い。火傷をしないように。」
「・・・・・・。」
受け取ったパンを、彼女は黙って2つに割った。
まだ固まっていないジャムが流れ落ちないように注意しながら、片方をジェレミアに差し出す。
少し驚いたように目を見開いた後それを受け取ったジェレミアは、アーニャと示し合わせたように同時に頬張る。
ジャムの熱さにアーニャは少し顔を歪めた。
ジェレミアは何のこともないという表情で租借する。
味はまぁまぁ。
進歩は見られるし、恐らく一番最初に作ったジャムを食べた者が食べたなら努力を認めてくれるはずだ。
「・・・まだ?」
「まだまだだな。」
何よりも大切な主と、その騎士と、魔女と。
共に穏やかに過ごした記憶は鮮明に残っている。
勿論主が作ってくれたジャムの味も。
『人間』としての機能を残した舌がしっかりと覚えている。
それ故に、満足いくものができない。
彼の味は彼だけのもの。
それは頭では理解しているものの、納得はできない。
どうしても彼の味をもう一度、と求めてしまう。
修行の日々はまだまだ続く。
橙色な日常
「元は荒地だったこの土地もすっかり様変わりしたな。」
「久しいな、魔女よ。」
たまに、ぶらりと。
その魔女はやってくる。
『共犯者』を失った彼女は、その『共犯者』が創り上げた世界をその目で見て回っているのだ。
何の前触れもなく現れる彼女にも、もう慣れてしまった。
「一つ貰うぞ。」
「ああ。」
一応返答は返したが、それはあまり意味はなさない。
彼女が貰うぞ、と言った時既に彼女はスカートが翻るのも構わずに脚立に攀じ登っていた。
そしてジェレミアの返答と共に一つオレンジをもぎ取る。
鮮やかな、太陽のような色。
それを鼻に近づけて息を吸い込む。
満足そうに微笑んだC.C.はすっと視線を逸らした。
その先に、アーニャは立っていた。
手にはオレンジが詰まった籠を持っている。
「・・・パパ。」
「・・・は?」
C.C.はジェレミアとアーニャを交互に見比べる。
やがて満面の笑み。
「いい趣味だな、ジェレミア。」
「違うぞ魔女よ!私は決してそのような・・・!」
慌てふためくジェレミアを見て、アーニャは首を傾げた。
「好きに呼んでいいって、言った。家族と、思ってくれてもいいとも、言った。」
「それは言ったが・・・!」
確かに2人でオレンジ畑を始めるときに、ジェレミアはアーニャにそう伝えた。
しかしそれを告げてから一体何ヶ月経っていると思っているのか。
呼んでもいいと告げても彼女は決して名前を呼んだりはしなかった。
『ねぇ』とか『あの』だとかそんな切り出しばかり。
勿論『パパ』などと呼ばれるのもこれが初めてだ。
何故、よりにもよってこのタイミングで。
アーニャはさして気にした様子もなく、荷車に籠の中のオレンジを空けて何事もなくオレンジ畑の中に姿を消した。
居た堪れなさそうなジェレミアにC.C.は微笑む。
「ジェレミア、ピザだ。」
「・・・作れと?」
「当たり前だ。なぁ、パパ?」
「・・・っ」
羞恥で顔が火照る。
「オレンジを使ったフルーツピザでいい。勿論上達したのだろうな?」
「・・・それを所望するのは魔女だけだ。私たちは食べないから作らない・・・故に上達はしていない。」
それにC.C.は目を細めたけれど。
ジェレミアは気にする事無く荷車から選び抜いたオレンジを拾い上げていく。
ピザの作り方が分からなければ断ることも出来たのに。
レシピにしっかりとピザ生地の作り方を記していってしまった主はきっと、今のこのやりとりも予測済みだったのかもしれない。
拾い上げたオレンジを手元にあった籠に詰めて、ジェレミアは空を仰いだ。
ジェレアニャ?違います。
ジェレミアとアーニャの話は絶対書こうと決めていたのを忘れていました。
アーニャの『パパ』発言は嫌がらせです、多分。
冒頭のルルーシュとジェレミアのやり取りはところどころの空白の期間にでもあったと妄想。