写真をかき集める。

今手元にあるそれは元々自分のものではなかった。

亡き兄の騎士であり親友の、ナイトオブゼロ。

枢木スザクの所有していたアルバムの中に入っていたものだ。

写真は全て、一年前のもの。


「まぁ、お兄様ったら・・・お母様にそっくり。」


男女逆転祭でドレスを纏った兄の姿。

それに猫の耳をつけた兄の姿。

傍には、必ず自分の姿があった。

まだ目の見えなかったあの頃。

兄はいつも傍にいてくれたのだと実感して涙が浮かぶ。

全ての支えが兄で、全ての世界が兄だった。


「お兄様ッ・・・」


何度謝れば、この気持ちが兄に届くだろうか。

あるいはずっと届かないかもしれない。

許されない日々。

それが与えられた罰ならば。



『全く、いつまでメソメソするつもりなんだか。』



声が聞こえたのはその時だった。

部屋には誰もいないはず。

何より聞いたことのない声だ。

弾かれたように顔を上げたナナリーは部屋中に視線を巡らせる。

薄暗い、月明かりのみの部屋。

そこに、不思議な光があった。


「どなた、ですか?」

『そんなのどうでもいいよ。』


光の中心に、誰かがいる。

青年と呼ぶには幼すぎるし、少年と呼ぶには失礼かもしれない。


「アッシュフォード学園の方ですか?」

『ん・・・ああ、そうだった。』


彼はアッシュフォード学園の高等部の制服を纏っていた。

それすら忘れていたような口ぶりで彼は言う。


「私も・・・以前アッシュフォード学園に通っていたんです。」

『知ってる。』

「え?」

『ところで、僕が怖くないの?』

「怖い?」


ナナリーは首を傾げた。

まさかそんなことを聞かれるとは思っていなかったのだ。

ただ、彼の身体は絶え間なく発光していて、もしかしたら普通の人間ではないのかも知れないと思った。


「失礼かもしれませんが・・・もしかして、幽霊さんですか?」

『・・・まぁそうなるのかな・・・うん。』


彼は少し眉を顰めた。

怒っているのではなく、何かを考え込んでいるらしい。

歯切れの悪い返事だ。

ナナリーは微笑んで、小さく会釈した。


「初めまして、ナナリーです。」

『知ってる。』


そう呟くだけで、彼は名乗ることはなかった。



















「こんにちは、幽霊さん。今日もきてくださったんですね。」


幽霊さん、という呼び名に彼は怪訝そうに眉を寄せた。

それはいかがなものかと言えばナナリーは困ったように笑う。

名前を教えてくれないから、呼び名がなくて不便。

そう言われてしまえば彼は何も言い返さない。

名前を教える気は無いらしい。

それでも彼は毎日ナナリーの部屋にいて、ナナリーの弱音を含めた日常の話を聞いて去っていく。


「幽霊さんって、少し私に似ていますね。」


瞳の色は少し赤みの強い紫で、ナナリーのそれとは少し差がある。

でも髪の色は同じような色で、ふわふわと癖がついていた。

彼は黙ってしまった。

何か悪いことを言ってしまったか、と思いナナリーが彼に手を伸ばす。

その手は彼に触れることはなく、空を切った。


『・・・今日はもう帰る。君も早く寝なよ。』

「・・・はい、おやすみなさい。」


ナナリーが寝静まってから、彼はまた部屋に姿を現した。

ナナリーの寝顔を見ながら唇を噛み締める。





『僕はもう・・・君の身代わりじゃない。』




苦しげに呻いたような声は、ナナリーには届かなかった。

































「こんにちは。よかった・・・もう来てくださらないかと思いました。」


翌日もいつものように姿を現した彼に、ナナリーは肩を撫で下ろした。


『どうしてそう思うの?』

「昨日・・・私、幽霊さんを傷つけてしまったみたいです。ごめんなさい。」


またきてくれて、ありがとうございます。

ナナリーはそう言いながら、ふわりと笑った。

彼は息を呑んだ。

そしてふっと目を逸らす。


『別に・・・君の為に来てるわけじゃない。兄さんの・・・っ!!』


彼は口を慌てて噤んだ。

ナナリーは少しきょとんとする。


「幽霊さんにも、お兄様がいらっしゃるんですか?」

『・・・・・・』

「私にも、お兄様がいたんです。とても大切な・・・お兄様は私の世界でした。」


ナナリーの瞳に涙が浮かぶ。


「でも私がお兄様を悲しませてしまった。理解しようとせず、罵倒して、傷つけてしまった。」


ぎゅっと手を握り締める。

涙を零すまいと、これ以上流すまいと耐えているのだろう。


『後悔してるの?』


それに対する返答はなかった。

彼は少し考えた後、ため息を吐く。


『僕の兄さんは美人なんだ。』

「え?」


ナナリーが弾かれたように顔を上げた。


『あと料理が上手くて、すごく頭がいい。』

「そう・・・なんです、か・・・」

『でも、嘘つきだ。』


ついにナナリーの瞳から涙が零れた。


「私のお兄様も・・・同じです。」


母の血を継いだ容姿。

黒い髪と、それと対を成す白い肌。

料理というか家事全般が得意で、頭がいい。

ただ、兄は世界に嘘を吐いた。

誰も気付かない嘘。

世界を巻き込んだ、それでも何よりも優しい嘘。


『ナナリー』


穏やかな声で名前を呼ばれる。

彼は手に持っていたものをナナリーに差し出した。

ハート型のロケット。

少し錆付いている。


『それ、貸してあげるよ。』

「え?」

『僕が兄さんから貰ったもの。オルゴールなんだけど、ずっと雨曝しになってたから綺麗な音は鳴らないかもね。』


ナナリーの手の上にぽとりと落ちたそれに恐る恐る手をかけてひらく。

音が割れた、お世辞にも綺麗とはいえない曲。

やはり錆付いてしまっているのだろう。


「大切なものなのでしょう?いただけません!」

『僕にはもう必要ないよ。・・・前は、そのストラップだけが僕と兄さんを繋いでくれるものだったけど。今はもう必要ない。』


それに。

元はと言えば、それは君のものだから。


「えっと、それはどういう・・・」


小さな呟きを耳聡く聞いたナナリーは眉を顰めた。

彼は諦めたように息を吐いて、ふわっと浮き上がってナナリーと少しばかりの距離をとる。




『初めまして、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの妹、ナナリー・ヴィ・ブリタニア。僕はルルーシュ・ランペルージの弟、ロロ・ランペルージ。』



「弟・・・お兄様の?」

『僕は君が大嫌いだ。兄さんの元に来なかったくせに僕の居場所を脅かす。僕はいつも君という存在に脅えてた。』



人殺しの『道具』として育ち、偽りの弟として使われた。

ナナリーを失ったと思ったときの、兄の拒絶は本物だった。

だからこそ、愛を貰いながら愛を返さない彼女が憎かった。


『君が死ぬまでは兄さんは僕のものだよ。いつか遠い未来に、君が死んだら兄さんを返してあげる。』


ナナリーは驚いたように目を見開いていたが、やがて目元を緩めて微笑む。


「返してくださらなくて結構です。」


今度はロロが驚愕した。

ナナリーは微笑む。


「返してくださらなくて結構です。だって、私たち2人のお兄様でしょう?」


どちらかだけの、と括る必要はない。

2人で兄を愛してやればいいのだと。


「私が逝くまでお兄様をお願いします。あんまり早くそちらに逝ってしまうとお兄様に叱られてしまいそうですから。私がそちらに逝ったら・・・一緒にお兄様を愛して差し上げましょうね。」


まず私は、お兄様に謝ることから始めなくてはいけませんけど。

ナナリーが笑って。

ロロも少し考えた後、少しだけ笑った。




その日以来、ロロはナナリーの前に姿を現さなくなった。

それでもナナリーは振り返らず、ただ平和に向けて進んでいく。

手元に残ったのは、彼がくれたハート型のチャームがついたストラップ。


いつか天命を終えて逝くことが出来たとき、彼に返そうと誓った。





いつかくる、その日まで








生徒会の会長であったミレイから、アルバムが贈られてきた。


「ここにいたんですね。」


写真は、自分の持っていた写真よりは最近のもの。

そっと、その写真に触れた。

ナナリーがいた場所に、ロロがいる。



兄は微笑んでいた。











ロロがえらくツンデレな・・・orz
私の中でロロは重度のツンデレ&ヤンデレなので、本当はナナリーが「2人で愛しましょう」と言ったとき、「はっ、誰がお前なんかと!」と吐き棄てさせようとしましたが。
それじゃあ話が纏まらないので、丸くなってもらいました。
いや、ロロ丸いよね!
病んでるのは私だ・・・orz
ロロはルルーシュがアッチの世界で自分を責めてるナナリーを心配していたので、ルルーシュに内緒で様子を見に来た設定です。
因みにシリーズ『嗚呼、素晴らしき世界』と設定が被ってる気がしなくもないですが、関係ないです。



2008/10/08 UP
2011/04/06 加筆修正