「だーれだっ!」
視界が突然覆われる。
白く細い指。
無邪気な声。
「ユフィ」
「当たりです!」
ぱっと視界を遮っていた手が離れ、代わりに視界に飛び込んできたのは桃色。
いつもは耳の上あたりで纏めて結われているはずの髪は解かれ、風に靡いている。
「髪、今日は結ってないんだな。」
「そうなの。だから、ルルーシュにやってもらおうと思って。」
「・・・俺?」
「できるでしょう?」
まぁ、できなくはない。
そう呟けばユーフェミアは微笑んで、持っていたポーチからブラシや何やらを取り出した。
用意周到ぶりに苦笑して、ルルーシュは読んでいた本をパタンと閉じた。
背を向けて座ったユーフェミアの後ろから、ブラシを使って髪を梳く。
なめらかなその流れにそって丁寧に。
「いつものでいいのか?」
「ええ。」
髪を一房手にとって、それも丁寧に梳いていく。
妹の、ナナリーの髪を梳いてやっていたことを思い出した。
「ルルーシュ。」
「なんだい?」
「叩いて・・・ごめんなさい。」
ルルーシュは少し考えて、やがてああ、と声を上げた。
この世界に来てすぐ。
迎えてくれたユーフェミアは平手打ちを二発、頬にお見舞いしてくれた。
「でも・・・私・・・、本当にあなたには生きていてほしかった。」
「俺は、世界のノイズだよ。」
「違います!」
「あ、こら。動くな。」
「ご、ごめんなさい。」
纏めようとしていたユーフェミアの髪が、彼女自身の動きに合わせて手から滑り落ちてしまう。
もう一度救い上げて、ルルーシュは小さく息を吐いた。
「俺は、欲が過ぎたんだ。」
「欲?」
「最初は、ナナリーさえ守れれば・・・と思っていた。母さんの死を目の当たりにして傷ついたナナリーがただ穏やかに暮らせる世界が欲しくて。・・・でも、守りたいものはいつしか、ナナリーだけじゃなくなっていた。」
いつしか、標的は世界へと。
妹だけではなく、皆の明日がほしい。
そう願って、計画を立てた。
「スザクには本当に悪いことをしたと思っている。結局全部アイツに押し付けて、俺は今のうのうと暮らしているんだから。」
「スザクなら大丈夫。ルルーシュを尊敬したって言っていたわ。ゼロの仮面はすごい重圧だって。」
ん?と。
ルルーシュは首をかしげる。
今の言動はなんだろうか、とユーフェミアを見れば、彼女は同じように首をかしげた。
何か変なこと言ったかしら。
そう言わんばかりのキョトン顔だ。
「ユフィ・・・スザクと・・・話したのか?」
「ええ、そうだけど。何かおかしい?」
おかしいというかなんと言うか。
「まさか・・・」
えーっと、なんて言うんだったか。
ああ、そうだ。
「夢枕に立つ。」
日本式に言えばそんな感じだろう。
「夢枕?」
「日本では、死んだ者が生前親しかった人の元に現れることをそう言うらしい。」
「ルルーシュは何でも知っているのね!」
ユーフェミアは感心しながら笑った。
いつのまにかいつもの髪型が出来上がっていて、ルルーシュに向き直る。
「ありがとう、ルルーシュ。」
「どういたしまして。」
「あと・・・ありがとう。」
「何が?」
「私を・・・殺してくれて。」
ルルーシュが、手に持っていたブラシを落した。
ずっとこれが言いたかったの。
そう微笑んだユーフェミアを信じられない様子でルルーシュが見つめる。
「俺、は・・・」
「大丈夫、あのギアスが事故だったって事くらい分かっています。だから・・・ありがとう。貴方が私を殺してくれたことで、きっと多くの命が救われました。」
吐き気がした。
慌てて口元を手で覆う。
「ルルーシュ」
触れないようにしていた。
本当はもっと早く、自分から謝罪しなければいけなかったのに。
なんて醜い。
なんて狡い。
彼女が微笑んでくれるから、それに甘えてしまっていた。
「ルルーシュ」
ユーフェミアは静かに名前を呼ぶ。
「私の心も、救われた。」
「ユ、フィ・・・」
「だから私はルルーシュを恨んでなんかいないの。償ってもらいたいなんて思っていないわ。虐殺皇女のままでもよかった。だって真実は、ルルーシュの中にあったから。」
誰にも分かってもらえなくても。
ルルーシュは真実を知り、救ってくれた。
それだけで。
「ごめ・・・ゆふぃ・・・ごめん・・・」
「もう、泣かないで。早く泣き止んでくれないと・・・わたくしお父様に叱られてしまいます。」
「・・・は?」
何故そこで父親?
涙は止まった。
見事に。
だって不意打ち過ぎる。
「なんで・・・父上?」
「えっと、お父様はルルーシュに話があるって仰っていたわ。」
「話?」
「ええ、午後3時に部屋に来いと伝えるように頼まれていたの。」
「・・・・・・今、4時半だが。」
「あらぁ?」
父上、人選ミスです。
Peach Blossom
お父ちゃん、一時間半待ちぼうけの巻。
今回はルルーシュとユフィでお送りしました。
ユフィは普段敬語で、ルルと2人きりのときだけ敬語が取れるのが理想です。
Peach Blossomは桃の花のことで、見た目のイメージがユフィっぽいと思ったんですが。
花言葉が「あなたの虜」で、近からず遠からず・・・っていう感じです。
「気立てのいい娘」っていうのもあったんですが、色気もへったくれもねぇなwと。