まぁ何が始まったか、と聞かれれば、以前と同じ生活がとしか言えない。
ただ、以前と明らかに違うのは。
『子供』の数と、『厄介』具合。
「父上!新聞は読んだら元のラックに戻しておけと言ったでしょう!何回言えばその脳に刻みつけられるんですか!」
「・・・む。」
「母さん!いいからっていうかお願いだからキッチンには入らないでください!」
「もー、母さんだって母さんらしいことしたいじゃなーい。」
「結構です!・・・シャーリー、今忍ばせたモノを出せ。全部出せ根こそぎ出せ。」
「だ、だめ!このカメラにはルルの写真がいっぱい・・・!」
「だから出せといっているんだ!あ、こらユフィ!何してる!」
「ルルーシュの服のボタンが取れかけていたから付けてあげようと思って・・・」
「そういうことは俺が自分でやるっていうか正直自分でやった方が絶対いい。そもそも余計なところを縫い付けすぎて最早服じゃなくなってるぞ!」
「あらぁ?」
「可愛く言っても駄目だ!・・・ちょ、クロヴィス兄上!何変なもの描いてるんですか!」
「いやぁ、ルルーシュのピンクエプロン姿があまりに可愛くてね。」
「・・・明らかにおかしいですよその絵!なんでエプロンの下に服着てないんですか!」
「・・・これが日本で流行の『裸エプロン』という」
「流行ってない!っていうかソレを俺に適用するなこの馬鹿兄貴!」
大勢の人間を相手にしすぎて、ルルーシュの体力は限界だった。
荒い呼吸に合わせて肩が上下する。
しかし原因はそれだけではなく、ルルーシュの一日の行動にも一因がある。
何事も完璧主義なルルーシュは、まず朝目が覚めると洗濯から始める。
寝ている者達を起こしながら全員の寝具と脱ぎ捨てられた服を集め、更に色写りしないよう仕分けして洗濯機に突っ込んで開始ボタンを押す。
その間に朝食の準備。
母親らしくキッチンに立ちたいと言うマリアンヌを追い出して、栄養バランスをしっかり考えた朝食を用意する。
大きな食卓テーブルに料理を並べて全員で食す。
食べ終わった後はその片付けだ。
手伝うと言ってくれたシャーリーは既に皿を10枚以上割ってしまったため、それ以来の申し出は丁重に断っている。
それから仕上がった洗濯物を干す。
とにかく量が多い。
それもこれも太陽の下で干した方が寝るときに気持ちがいいからと、拘って毎日実行してしまっている自分の責任なのだが。
それが終わったら次は宮殿の掃除。
正直骨が折れる。
宮殿という名は伊達ではなく、とにかく敷地は広い。
ロロは普段一緒に掃除をしていたから使い物にはなる。
しかしそれを見て手伝うと言ってくれたユーフェミアは窓ガラスをどこから持ってきたのかすら分からない紙やすりで拭いて駄目にしたため、それ以来は丁重に断っている。
掃除が終わるころにはランチの準備。
その日によってイタリアンにしたりフレンチにしたり。
やはり栄養バランスは完璧だ。
午後からは主に茶会の準備。
マリアンヌがまた殺人クッキーを作りかねないので、先手を打ってケーキやタルト、スコーンなどを焼く。
庭の整備はクロヴィスに任せた。
芸術面では他の追随を許さない彼は全てにおいて芸術性を求めた。
多少デザインは奇抜だが、他に任せられることも無い為放っておいた。
オープンテラスのテーブルにクロスを敷いて、その上にティーセットとお茶菓子を並べる。
このティータイムだけが唯一寛げる時間だ。
しかし優雅なティータイムの後には戦いが待っている。
他でもない、夕食。
ディナーだ。
またルルーシュは腕によりをかける。
栄養バランス、見栄え、味において全て妥協を許さないのが性分だ。
死後の世界とは不思議な・・・むしろご都合主義のような世界で、欲しい食材は思い浮かべれば出現する。
肉が欲しいと思えば冷蔵庫にいい霜降りの肉が現れるし、小麦粉が欲しいと思えば戸棚の中に大量に。
一度新鮮な牛乳が欲しいと思ったときに乳牛が現れたのには焦った。
しかし『子供』らの好き嫌いが激しく、それを全て把握して『嫌い』という感情を抱かせない調理法を考えなければならない。
躾も大事だと、たまに無理矢理食べさせたりもするが。
料理を振舞うのは嫌いではない。
むしろ好きだから、笑顔で食べてくれるものを作りたいというのが本心だ。
作った料理は全員が笑顔で食べてくれるから、一苦労ではあるがその手間すらも有意義なものだ。
夕食が終わった後は後片付けをして、各々が思い思いの行動をする。
談笑したり、風呂に入ったり。
ルルーシュは主に洗濯物にアイロンを掛ける。
アイロンを動かす手を休めて、ため息を吐いた。
主夫。
その言葉が今の自分には一番合っている。
家事に始まり、家事に終わる生活。
別に嫌でなわけではない。
幼い頃日本に送られてから、家事の一切はルルーシュの仕事だった。
その生活に戻ったと思えば何のことは無い。
だが、全くもって今の世界は謎だ。
普通に時間が進み、天気はその日によって変わり、腹も空くし眠くもなる。
生きていた時となんら代わりがない。
まさか死後の世界がここまで普通のものだったとは、正直拍子抜けだ。
こんな穏やかに、過ごしていいのかと不安になる。
何より今共に暮らしているのは生前ルルーシュが起こした『反逆』によって命を落した者達だ。
しかし誰も責めない。
ユーフェミアだけはこの世界に来てすぐに平手をお見舞いしてくれたが、その後は優しい言葉を掛けてくれた。
死だけでは償いきれない、大きな罪。
スザクは今も生きながら罪を償い続けているだろう。
「ルルーシュ。」
「・・・母さん。」
物思いに耽っていたルルーシュにマリアンヌが微笑みかける。
相変わらず無邪気な笑顔。
彼女とも確執があったはずなのに、今はそれを微塵も感じない。
マリアンヌはルルーシュの隣に座り込むと、微笑みながら両腕を広げた。
「・・・なんですか。」
「なんですか、じゃないわ。いらっしゃい。」
腕の中にルルーシュを収めたいらしい。
「だってこの前会った時は抱きしめられなかったんだもの。」
「母さん。あなたが死んでから何年経ったとお思いですか。もう俺は子供じゃありません。」
「年齢なんて関係ないわ。私にしてみれば貴方は永遠に子供なのだから。」
いらっしゃい、とまたそう言われて。
ルルーシュは顔を真っ赤にしながら、おずおずとその腕に迎えられる。
母のぬくもり。
幼い頃と変わらない。
「貴方は生きたかった?」
ルルーシュは口を噤んだ。
「生きたかったのでしょう?」
「俺は・・・」
「生きたかったならそう言いなさいな。」
生きたくなかったと言えば嘘になる。
生きたい。
だから死を選んだ。
生を望む故に、死は罰になる。
死を望んでいたスザクが生を罰としたように。
「私は生きたかったわ。だってルルーシュはこんなに頭が良くて、綺麗なんですもの。」
「・・・俺の容姿は恐らく母さん譲りですが。」
「そうね、パーツはどちらかと言えば私かもしれないわね。ルルーシュは綺麗で、ナナリーは優しくて。いつかルルーシュが皇帝になって、ナナリーがどこかに嫁ぐまで。私は生きたかった。」
「もし、あの事件がなかったとしても・・・俺は皇帝にはなれませんでしたよ。継承権もそんなに高くなかったですし。」
「シャルルは貴方に皇位を譲るつもりだったわよ?」
「・・・っ!」
「貴方は、生きたかった?」
見透かすような母の瞳。
それが少し苦手だった。
ひた隠しにする弱い部分を簡単に暴くそれに、仮面は通用しないから。
もう駄目だ、と誰かが心の中で叫んだ。
「生きたかったっ・・・!」
苦しげに顔を歪めて、ルルーシュは吐き出す。
「ナナリーの目が見えるようになったんだ!もっと・・・もっと一緒にっ・・・!」
「ええ。」
「スザクともっ・・・折角・・・」
「そうね。」
スザクは泣いてくれた。
苦しげに、呻くように名前を呼んでくれた声が耳について離れない。
「優しい世界に・・・生きたかった!」
夢に描いた、優しい世界。
弱者である妹が微笑んでくれる、そんな世界。
作り上げた世界に、自分の姿はない。
犠牲を払いすぎた。
願望を実現するために多くの命を薙ぎ払った己には、明日を迎える資格がない。
それでも。
「明日が欲しかった!」
涙が出た。
まるで箍が外れたように一気にあふれ出したそれは止めることも敵わず、頬を滑り落ちてマリアンヌのドレスを濡らした。
それを気にする事無く、マリアンヌは微笑みながらルルーシュを抱きしめた。
泣き疲れて眠ってしまうとは、一体どこのガキだ。
そう自分を罵りながらルルーシュは急いでワイシャツの袖に腕を通す。
マリアンヌにうっかり本音を吐いてしまっただけではなく、そのまま泣いて眠って。
目が覚めればいつの間にか自室のベッドの上だ。
鏡を見ながら寝癖のついた髪を撫で付ける。
「酷い顔だな。」
目は少し腫れていた。
柄にも無く大泣きした結果だろう。
鏡の中の自分の顔に触れる。
指先に伝わるのは鏡の冷たい感触のみ。
ため息を一つ吐いて、ルルーシュは目を伏せた。
人殺しの顔。
そう言った妹のことを思い出してしまった。
全てを背負わせてしまったスザクのことも。
考えたところで、自分は死人だ。
様子を見に行けるわけでもないし、行ったところで混乱を招くだけだ。
幽霊というのを信じてはいないし、もし幽霊になれたとして、幽霊が見えるか見えないかは体質的なものだ。
考えても何も始まらない。
もう、生ける者達のことを考えるのは。
「・・・やめよう。」
またため息を吐いて、ルルーシュは部屋を出た。
ゆっくり身だしなみを整えていたはいいものの、改めて時計を見れば相当な寝坊だ。
普段なら既に朝食の片付けを終えている時間帯。
嫌な予感がして厨房に走った。
「あら、ルルーシュ。おはよう。」
「おは、ようございます・・・」
一瞬口籠りそうになったのは、マリアンヌが洗ったらしい食器を拭いていたからだ。
食器を洗ったということは、朝食をとったということ。
ルルーシュという主夫がいない状況で料理をしたがるのは恐らくただ一人、目の前のマリアンヌ。
嫌な予感が脳裏を過ぎる。
「母上・・・」
「どうしたの?急にかしこまって。」
「その・・・他の皆さんはどちらにいらっしゃるのでしょうか。」
マリアンヌは一瞬キョトンとして、それからふわりと笑った。
「お腹一杯になったのか、皆眠ってしまったのよ。」
・・・・・・。
駆け出したルルーシュは食堂へ飛び込んだ。
・・・・・・。
ひい、ふう、みい、よう、いつ。
屍、計5体。
「うわぁぁああああ!!!!!!」
アリエスの惨劇
再び。
マリアンヌ様の料理=テロリズムって定義をしてるのは私だけでしょうか。
何となくマリアンヌ様は料理できないイメージがあります。
ギャグに始まり、うっかりシリアス(?)をはさんで。
結局ギャグで終わりました(笑)
このシリーズ、せいぜい書けてもあと2,3話が限界かもしれない・・・!