スザクの人生は親の敷いたレールの上で成り立っていた。
反発はなかった。他に思い描いた未来があったわけでもなく、漠然とした希望すらない。
ただ何となく、両親が困っていたからというだけで進路は決まった。
後悔はなかった。誰かの役に立てるのならばそれはそれでよかったからだ。
実家はわりと由緒のある神社だった。
神主であったはずの父親は何故か周囲に擁立され政治家となり、次期総理の座すら手中に収めんという勢いだ。
それはそれでいい。父親はどうやら政治の才能があったらしく、期待を集め見事にそれに応えている。
ただ困ったのは実家の神社だった。
神主が不在で、臨時で親戚筋の一人が管理してはいるけれど、いずれは枢木の姓を持つ誰かしらが治めるのが良しとされていて、しかし取り潰すには由緒がありすぎた。
白羽の矢が立ったのは勿論神主の一人息子であるスザクだった。
当時高校生だったスザクは進路に思い悩んでいた事もあってそれをあっさり引き受けた。
神職に就くべく神道学科がある大学に進み、目下勉強中である。
しかし偶に、虚しいなとまるで他人事のように己の人生を悲観する事がある。
今いる大学の近くのカフェテラスで、動物園で飼育されていたトラの死体が見つかったというテレビのニュースを何気なく見ているのと同じくらい、他人事だった。
だから別に現状を変えようとは思っていないけれど、それで本当にいいのかと稀に自問する。
「聞いてるの?」
目の前の女性が、不機嫌そうな声を上げた。
「聞いてるよ。僕は別にそれで構わない。君がそうしたいなら。」
また他人事のようにそう言うと、彼女は酷く傷ついたような顔をした。
そもそも何の話をしていたんだったか。ああ、別れる別れないの話だ。
スザクは常に誰かしらと交際していたが、特別誰かが好きだというわけではない。
好きだから付き合ってくれと言われ、君の事を別に好きではないけれどそれでもいいならと返す。
聞こえは悪いが、スザクにとっては当たり前の返答だった。
交際を申し込んでくる女性の殆どは面識が無く、その場で会ったばかりの女性だからだ。
本来ならば断るべきなのかもしれないがスザクはいつも応という。
そして何度かデート気取りの事をして、次第に相手が不満を感じていくのだ。
付き合っているという事だけで、相手は錯覚する。お互いが好き合っているのだと。
最初に断っておいたはずだ。君の事は好きではないと。それでもいいのかと。それでもいいと相手が言うから付き合ったまでのこと。
それなのに、時間が経つに連れて相手はスザクが己と同じ気持ちを返してくれない事に腹を立て、気を引こうとその気も無い別れ話を持ち出す。
そして一つの関係が終わりを迎えるのだ。
今回も頬に馴染みの衝撃を受けて、平手打ちを食らったのだと認識する頃には彼女は走り去っていた。
周囲からの視線をありありと感じる。居心地が悪くなって席を立ったスザクは背後に気配を感じて振り返ろうとした。しかしそれより先に、聞き覚えのある声が耳に届いた。
「ただのお人よしと思っていたが、実は最低なんだな。」
不遜な声音にまさかと振り返ると、案の定記憶に新しい少年がそこに立っていた。
「さっきの女、お前の所業を言いふらしてやると息巻いていたぞ」
「彼女と話したの?」
「いや、『聞いた』だけさ」
それに首を傾げながらも、スザクは彼を見た。
相変わらず見かけにそぐわない振る舞いだ。
「えっと・・・今朝ぶり?」
「枢木スザク」
「え?」
「今夜、背後に気をつけろよ」
それはどういう意味だろうか。そもそも彼に己は一度でも名乗っただろうか。
問い詰めようにもいつの間にか彼はまるで霧散でもしたかのようにその場から消えていて。
その夜、また深夜アルバイトを終えて帰宅する際、別れ話をしたばかりだった女性がナイフを手に襲ってくるという出来事があったのだが、それを難なくかわしながらその女性よりも予言めいた言葉を残して消えた少年の事をスザクは思った。
まだまだ何が何だかわかんないですよねー。