深夜。時給の良さで選んだバイト先からの遠い帰り道、その最中にスザクはあるものを拾う事になった。

交番に持っていかなければならない拾得物でもなければ、捨て猫でもない。

むしろ捨て猫であったなら拾う事などできなかっただろう。

神の悪戯か、こよなく愛する猫に尽く嫌われる運命を背負ってしまったらしいスザクには猫に好かれる才能が無かった。本来ならば才能などいらないはずなのに。

とにかく、猫ではなかった。ただ決して見てみぬフリなど出来ないようなそれをスザクは見た。

「こんな時間に一人なの?危ないよ?」

声をかけると、幼い少年は、その整った顔立ちを歪めてさながらスザクに相対した猫の如く敵意をむき出しにし、吐き捨てた。

「煩い。下等生物め。」






下等生物、という暴言を生まれて初めて浴びせられたスザクは、何はともあれとにかく腹を立てた。

見ず知らず(なのは当たり前)の少年に、良かれと思って声をかけた。

実際スザクが住んでいる町はそこまで治安がいい方ではない。

夜道で女性が襲われるという事件は珍しくもないのに、目の前の少年は勿論性別は男であったけれど外見は10歳程度の子供で、どこか中性的な面差し。

事件に巻き込まれない保障などなかった。

だから、温情のつもりだったのだ。親とはぐれたのなら近くの交番に一緒に行ってもいいとさえ思っていた。

それなのに。

勝手に押し付けようとしていたとはいえ好意を無碍にされ、ついスザクは大人気無くもカチンときてしまったのだ。

・・・と、そこまで思い返して、やっぱりこれは一種の犯罪だったかなぁとスザクはため息をついた。

目の前には先ほどの少年。そして場所はスザクの自宅だ。

ワンルームの、大学生にはもってこいのリーズナブルな家賃の少し古いアパートの一室。

嫌がるその子供を無理やり小脇に抱え、スザクは無事に帰還した。

本当に、ただ交番に連れて行くだけでもよかったのだ。

しかし彼が異国風な顔立ちと服装をしていた事と、光源が切れかけで点滅する街灯と月明かりのみであったことを差し引いても見過ごす事のできない血色の悪さ。そして身体の線の細さ。

無性に放って置けなくなり、苛立ちながらも連れ帰ってしまった。

少年は何度か家からの脱出を試み、その度にスザクに妨害され、疲れてしまったのか今はまるで糸の切れた人形のように部屋の隅で身体を丸め横たわっている。

抱えて上げてベッドに寝かせようとスザクが近づくとまるで全身の毛を逆立てて威嚇する猫のように拒絶する。

仕方なく寒いようだったら使えるようにと近くにブランケットを置いて、スザクも眠る事にした。

1限からの講義はこれ以上休むと単位を落としてしまう。寝過ごすわけにはいかない。

朝が覚めると、彼はいなくなっているのではないだろうか。いや、恐らくはいなくなっているだろう。

それでもいいと思った。少し無責任ではあるけれど。



しかし。翌朝。

十中八九いなくなっているだろうと思っていた少年は、まだ部屋の隅で丸くなっていた。

まるで猫のようだった。つれない態度も拒絶も、いつもスザクが猫から受けている扱いと同じだった。

夜に見た時もそうだったが、朝日が差し込む明るい室内でもやはり少年の顔色は悪かった。

どこか具合が悪いのだろうか。

近寄り、触れようと伸ばした手はどうやら目を覚ましていたらしい少年に払われた。

「触るな」

忌々しげ、という表現が一番合うような声音で、彼は唸った。

スザクは驚いた。拒絶された事にではなく、一瞬触れた彼の体温がかなり低かった事に驚いた。

やはり放っては置けなかった。最早これは自己満足の領域だ。

彼がどんなに拒絶しても、単位を落とすことになったとしても。

彼を抱えて病院に行こう。強引ではあるけれど昨日のように抱えていけばいい。少年の抵抗など取るに足らない。

意気込んでスザクがじりっと距離を詰めた。少年もそれに気付いたのかさっと身を起こし、後ずさる。

しかし彼の背後には壁があって、やがて逃げ場は無くなった。

「頼むから、それ以上近寄らないでくれ」

相変わらず偉そうな態度ではあったが、確かにそれは嘆願のようなそれだった。

「でも君、具合が悪そうだし。一緒に病院に行こう?」

「構うな。別に具合など悪くない。」

「自分の顔色見てから言いなよ。」

「これは元々だ。」

「えー?」

「俺はお前のような黄色人種じゃない。」

やっぱりそうか、とスザクは内心で納得した。

彼の色の白さは白人のそれなのか。しかしそれにしても白いというか、青いというか。

しかしそれ以上の物議は無用とばかりに彼は居住いを正し、じっとスザクを見た。

まるで血のような深紅の瞳が印象的だった。

「一晩世話になった。」

「え、あ、いや・・・いいんだけど」

下等生物と暴言を吐いた時とは違う礼儀正しい態度にスザクが呆気に取られているうちに、彼は普通にスザクの家から出て行った。

追いかけようかとも思ったのだが恐らく彼はそれを望まないだろうし、何より日はこれから高くなる一方で、深夜に徘徊するよりかは安全だろう。

彼が出て行った玄関のドアを何度か見返しながら、スザクは単位の為大学へ行く身支度を整えた。






まだ何が何だかわかんないですよねー。
とりあえず正直完結させる自信ないんですけど始めちゃいました(無責任)