泣いている。
声も上げずに。暗闇の中、まるで誰にも悟られまいとするように。
傍に。隣に。誰もいない。
一人。独り。
「・・・―――さま・・・お兄様・・・」
意識は思いのほか浅い所にあったらしく、その声でゼロは意識を戻した。
心配そうな妹がそこにいる。
いつかと違って、実にいい目覚めと思えた。
「な、な・・・り・・・」
汗で張り付いた衣類は重く、どこか冷たい。
汗の掻き様から魘されでもしていたのだろう。
「痛みますか?」
どこが、とは言わないナナリーに、ゼロもゆっくりと首を振った。
痛覚を含めた感覚は全てどこか遠く、今のところはそれらを痛みとしては捉えてはいない。
身体を包む気だるさに身を捩ってみるが、それはやんわりとナナリーによって制された。
声を発しようとすると喉が酷く痛み、その不快感に眉を寄せる。
それを見て取ったナナリーが口に水を含ませてくれて、潤った喉で何度か空咳をすると先ほどよりは幾分か声を出しやすくなったように感じた。
ナナリーの手がそのままゼロの手を捕まえ、撫でるように動く。
やがて霞んでいた思考が少しは纏まるようになって、ゼロは気づいた。
「ナナ、リー・・・目が・・・」
「はい」
微笑んだナナリーは、その淡い紫の瞳で見つめていた。
いつも閉じられていたはずのその瞳はしっかりと光を捉えている。
「私の目・・・お父様のギアスによるものだったんです。」
「じゃあ・・・ジェレミアに・・・」
「いいえ、自力で解いてしまいました」
「・・・無茶をするな」
「お兄様にも同じことを言われてしまいました。」
ゼロの額に浮かんだ汗をタオルで拭いながら照れくさそうにナナリーは笑う。
「護られるだけの弱い存在に、なりたくなかったのです。」
それにゼロは応えなかった。
ただ小さく笑って、どこか誇らしげな顔をしていた。
「私は、どれくらい眠っていた?」
「3週間と少しでしょうか。」
「そんなにか・・・」
「ちっとも目を覚まさないんですもの。心配しました。」
それだけ身体のダメージは大きかったのだろう。
加えてギアスの代償として消費されている『命』。
吐血したことや、心臓に激しい痛みが走ったことも思い出されて、きっと内臓もいくつか危険な状態にあるのではないだろうかと自嘲する。
しかし正直、そんなことはどうでもよかったのだ。
「ルルーシュ・・・は・・・、枢木は、どうした?」
「スザクさん?」
そこでその名前が出てきたということに驚いたのか、ナナリーは首を傾げる。
その様子を見ながら思い出すのはあの日のことだ。
眼前に広がった黒衣。包み込まれて、助け出された。
「私を助けに来たのは・・・あいつだろう。」
「あら、ご存知だったんですか?」
「あれくらい分かる。」
そうですよね、とナナリーは笑った。
「お兄様が行くと仰ってきかなかったのですけれど、スザクさんに『体力の無い君に任せるくらいなら僕が行く』って突っぱねられていました。」
確かにルルーシュには人一人抱えて走る体力などそう無いだろうとゼロは笑う。
「よく枢木が協力したな・・・少しはわだかまりが解けた・・・ということはないか。」
浮かんだ可能性を打ち消してから顛末の続きを促せばナナリーは少し考えて、室内の時計をチェックし、首を傾げた。
「ご覧になりますか?」
言うなりナナリーは室内にあったリモコンを手にし、それをテレビに向けた。
何をするつもりなのかと首を傾げたゼロは、その画面に映った光景を見て絶句する。
「なッ・・・」
「神聖ブリタニア帝国第99代皇帝とその騎士ナイトオブゼロ・・・それがこれからのお兄様とスザクさんです。」
テレビのチャンネルは、どこに合わせても新皇帝とその騎士の就任に混乱を極めていた。
はい、結構端折りました。