眠っているルルーシュを目覚めさせるには、ゼロのかけたギアスを解くしかない。

急遽中華連邦から呼び戻されたジェレミアは今起こっている事態に辛そうに顔を歪めながらも、ギアスを解くべくルルーシュのいる寝室に入っていった。

それに続いて入ろうとしたスザクだったが、ナナリーはそれを制した。


「スザクさんはどうぞこちらに。」

「え?」


促されるまま、スザクは部屋の外側に立ち尽くし、ナナリーがドアをぱたんと閉めてしまう。

「スザクさんはお兄様にギアスをかけられているのでしょう?」

「う、うん・・・」

「そのギアスはお兄様が心の底から望んだものであり、きっとこれから先もスザクさんを守ってくれる力です。」


『生きろ』

ゼロを捕えた時、諸共消えようとして、ルルーシュがかけたギアス。

生に対する執着などまるで無く、ただ死に場所を求めていた己への罰のようで。

まるで呪いだと思っていたそれが彼の心の底からの願いだというのか。

内心でそんなはずは無いと必死に可能性を否定している己に気付いて困惑するスザクに、ナナリーも困ったように笑んだ。


「信じられませんか?」

「・・・・・・僕は、ルルーシュにそんな風に想ってもらえるような人間じゃないよ」


そういうと、ナナリーは閉じたままだった瞼をピクリと震わせて、衝撃を受けたかのように肩も震わせた。

暫くの無言が続き、怪訝そうにスザクが覗き込むとナナリーがやっと小さく声を漏らした。

くすくすと。声を上げそうになるのを必死にこらえて、笑っている。


「ナ、ナリー?」

「ごめんなさい、・・・ふふっ・・・安心したら思わず笑っちゃいました。」

「安心って、何に?」

「実はずっと、私のせいでスザクさんがお兄様を嫌いになってしまったのではと心配していたんです。そうではなくて本当に良かった。」


なんで、と呆然と呟いたスザクにナナリーは肩を竦めた。


「だって、元はといえばお兄様は私の為に『ゼロ』になってくださったのですもの。『ゼロ』のやり方はスザクさんにとって赦せるものではないでしょう?」


その通りだったが、スザクはそれに応えなかった。

確かに昔は彼が愛おしかった。初めて会った時の、必死に屈辱に耐えながらも懸命に妹を守る姿を見て、彼が妹を守るのならば彼自身は自分が守ってやりたいと本気で思った。

ブリタニアという国を内側から変えていけたらと名誉ブリタニア人にもなったし、行政特区だってルルーシュとナナリーが穏やかに暮らしていけたらという願いから賛同したのだ。

しかしそれはまだ彼が『ゼロ』だったと知らなかった時のことで、真実を知り、一度は主と定めた女性を手にかけられてからは憎しみだけが彼に募ったはずだった。それなのに。

まだ心のどこかで、彼に対する気持ちが残っていたのか。

自分自身すら気付かなかったその想いを、目の前の少女に見透かされたというのか。


「お兄様はたくさん罪を犯しましたし、その罪をスザクさんが赦せないと仰るのならそれは仕方の無い事です。でも、例えいずれスザクさんに憎まれる事になったとしても、お兄様はスザクさんの事が大好きで、何より大切だからそのギアスをかけたんですよ。」


ルルーシュが己にそんな気持ちを持ってくれているなんて。スザクは受け入れる事が簡単にはできなかった。

頭がガンガンする。混乱のしすぎだろう。涙すら浮かんできそうだった。


「・・・はは・・・昔はともかく、今は・・・どうかな・・・」


実に情けない、震えた声を発するのが今のスザクには精一杯だった。

触れようと、ナナリーがゆっくりと手を伸ばしてくる。


「今も、です。だからこそゼロお兄様が・・・」


ナナリーの言葉が不意に途切れ、彼女の顔がドアの方に向く。

やがてそこから飛び出してきたのは、顔を真っ青にしたルルーシュだった。

スザクは思わず身を縮めたのだがルルーシュはまるでスザクなど眼中に無いといった様子でその横を素通りし、別の部屋に入っていった。

それを立ちつくしたまま見届けたスザクの背を、ナナリーがそっと押す。

微笑む彼女にスザクも困ったような顔を浮かべて、ルルーシュの後を追うべくゆっくりと歩き出した。

ルルーシュが入っていったはずの部屋にスザクは入ったのだが、何故かそこにルルーシュの姿は無かった。

ただその部屋の本棚が不自然な位置にあって、よく見ればその陰に薄暗い通路がある。

ひやりとした空気が流れているそこに恐る恐る足を踏み入れ、しばらく通路を進んでいくと、拓けた部屋のような場所についた。

そこには大きなモニタと端末があって、そこの前でルルーシュはキーボードを操作している。

ルルーシュのありとあらゆる計画に必要な情報が、恐らくこの部屋に集積しているのだろう。

ぐっと奥歯を噛み締めた後、スザクは呻きに近いような声をやっとの思いでひねり出した。


「ルル・・・シュ・・・」

「少し黙っていろ」


真剣な表情で端末を操作しているルルーシュにそれ以上声をかける事も出来ずスザクが立ちつくしていると、ふとルルーシュが顔を上げた。


「・・・生きている、か」

「・・・え?」


誰が、というのは愚問なのだろう。

それでも怪訝そうな顔をしたスザクにルルーシュは静かに言う。


「俺達兄弟は全員、身体に生体反応を検知するチップを埋め込んである。もし俺達の誰かがブリタニアに捕らえられた時、その生死を確かめるために・・・・・・最悪殺されてしまって、それでも相手が俺達を騙して助けにこいと誘うなら堪ったものではないからな。」

「ルルーシュ・・・君は・・・」

「スザク」


静かな、何かを抑え込んだような声。

呻きにも似たそれにスザクははじかれたように顔を上げる。


「ゼロ・・・は、お前に何を言った?」


自然と身体が震えた。

もうすぐ己の命は消えるから。

だから、弟を支えてくれ。

そう告げた彼は目の前で銃弾に倒れ、連れ去られた。

恐らくは自身の身体の事をルルーシュには知られたくなくて、一人あの場に現れたのだろう。

何も出来ず、ただ連れて行かれるのを見ていた己に、更に秘密を暴く事など出来るはずもなく、スザクはしばしの沈黙の後重く口を開いた。


「・・・何も。大して話もしないまま、今の状況だ。」

「そう・・・か・・・・・・・・・・・・・・・ところでスザク。」


たっぷり設けられた間の後、急にけろっとした声と共に顔を上げたルルーシュはずかずかとスザクに歩み寄り、その学生服の胸倉をつかみ上げた。

瞠目したスザクはそこに満面の笑みを浮かべるルルーシュを見る。

冷や汗が背中を伝った。


「お前がいつまでもここにいるという事は、ゼロ救出を手伝う気があると捉えていいんだな?」

「ええ!?」

「なにがええ!?だ。敵なら敵らしく放っておけばいいものを、律儀に報告に来るからこうなる。」

「ちょ、ルルー・・・」

「まさか、報告だけして帰るなんていう薄情な事をスザクはしないよな、ナナリー」


いつの間にか後ろにはナナリーがいて、にこりと微笑んで頷いてしまった。

絶句したスザクにルルーシュは満足そうな笑みを浮かべて、よし作戦を立てるぞと息巻いた。

一先ず上に戻るぞと声をかけてから先にスザクを部屋から出したルルーシュに、ナナリーは心配そうに寄り添った。


「お兄様・・・ゼロお兄様のことは・・・」

「・・・いいさ。例え双子の兄弟だったとしても・・・秘密にしておきたいことくらいあるんだろう。」


ゼロが何故一人でスザクに会いに行ったのか、その理由はルルーシュには分からない。

スザクはきっと何か知っているのだろうが、口を割る気はないらしい。

モニタに映るゼロの生体反応を見つめたルルーシュの表情が寂しげに歪んだ。







過去の腐女子経歴から、私にとって共闘は何よりの萌えポイントと化していました(´¨`)