ざわざわと音を立てるのは生い茂った木々で、その音と風を感じながらスザクは深く息を吸った。

肺を満たすのは草と、風のにおい。

幼少を過ごしたその枢木神社で、スザクは人を待っていた。

話したいことがあると通信を入れてきたのは、かつて親友であった、敵。

確認をとれば、『ゼロ』ではなく『ルルーシュ』だという。

彼が己にあるという話はきっと己を絶望させるだろう。

ただそうなることが目に見えて分かっていたとしても、スザクはこの場所に来るということをやめなかっただろうと自負している。

いつかは決着をつけなければいけないのだと、そう思う。


「スザク」


学生服で、彼はやってきた。

スザクはまずその瞳の色を見る。

紫水晶のようなそれに、ルルーシュなのかと認識して、それと同時に体の中に鉛が落ちてきたような重苦しさを感じた。

しかし彼は微笑んで、なめらかな動作で手で目元を覆う。

その指が捉えたものは、コンタクトレンズだった。

改めて見たその瞳の色は血のような赤色。


「ルルーシュはここには来ないよ。」


静かな声に、スザクは目をすっと細めてあざ笑うかのように吐き捨てる。


「・・・何故、」

「私がここにきたか、ということか?それはお前に用があるのは私で、電話で『ルルーシュ』が来ると嘘を吐いたのも私だからだ。ルルーシュにはギアスをかけて留守番させている。」


最早隠し立てすらされないギアスという言葉でスザクは一層顔を顰めた。

躊躇いなど無しに向けられる殺気。

背筋を冷たいものが撫でていくような錯覚にとらわれながらもゼロは平静を装う。


「それ程までにギアスが憎いか。それともギアスを得た人間が憎いか。」


ルルーシュが憎いか、と続けられた言葉に、スザクは一瞬声を詰まらせた。

それでも無理やりひねり出した声は酷く醜いものだった。


「・・・そもそも人の意思を捻じ曲げる力を受け入れる方がどうかしている。」

「そうせざるを得なかった時、果たして同じことが言えるか?」

「・・・それは」

「ルルーシュはナナリーを守りたかったし、守らなければいけないという義務に似たものを感じていた。加えて『あの時』・・・お前たちが再会して間も無くお前が撃たれ、ルルーシュは絶望した。『また守れないのか』と。母が死に、妹が自由を失った時のように大切なものが失われるのを黙って見ているしかできないのかと。そんな時目の前でちらつかされた『現状を打破する可能性を持った力』に食いつかない余裕を、少なくともあの時のルルーシュは持っていなかった。」

「でも!」

「例えばお前がまだルルーシュの『親友』であった時。逆の立場だったらお前は簡単にルルーシュを切り捨てられたか?『仕方ない』と諦められたか?」

「・・・っ」


口を噤んだスザクにゼロも黙る。

吹き抜ける風が木々を揺らす音が響いて、その沈黙を一層引き立てた。

しばらくの間そうしたあと、おもむろに口を開いたのはゼロの方だった。


「私はもうすぐあの子の傍にはいられなくなる。」

「・・・え?」

「私の身体はV.V.によって創られた紛い物でな。V.V.が死んだ今、そう遠くない未来に私は存在を失う。」


ゼロがすっと目を細めて、己の手に嵌めていた手袋を外した。

そこにある光景にスザクは息を呑む。

服の袖から見える手首から先の肌が、黒く変色していたのだ。。

ルルーシュと同じで元来白かった肌が、見る影も無く黒ずんでいる。

驚愕するスザクにゼロは苦笑で返した。


「それは・・・壊死、しているのか」

「さあな。痛みなんかはそれ程でも無いが・・・日々侵蝕しているからいずれは身体全てが呑まれるのではないかと思うよ。」


変色した手をひらりと振ったあと手袋を嵌め直したゼロに、スザクは呻いた。


「・・・何故、僕をここに・・・」

「枢木スザク・・・お前に、ルルーシュを任せたい。」

「僕がそれを了承すると・・・?」

「思わない。だからこうして頼みにきた。」


枢木神社の玉砂利の上に膝をついて、ゼロは頭を下げる。

スザクが一歩下がった。


「同情してほしいのか・・・?それでルルーシュが今までしてきた事を全て忘れろって言うのか!」

「そうではない。私とルルーシュがしてきた行いは裁かれるべきもの。いずれは甘んじて罰を受ける事も私達は当の昔に覚悟している。ただ・・・罰を受け存在を消す前に、私達が壊した世界をまた創り直さなければならない。その時私は・・・きっとあの子の傍にはいられないから。」

「俺はルルーシュを許せない・・・!」


一歩、また一歩。スザクが後ずさっていく。


「ユフィにあんなギアスをかけて、あんなに大勢殺させたんだ!優しかったユフィに・・・!」

「ユーフェミアの信念から最もかけはなれたギアスがかかってしまって、殺すしか『救う』方法が無くなってしまって・・・それでも心が痛まない非情な男だと思っているのか、ルルーシュの事を。」

「・・・っ」

「非情さを持つには優しさを捨て、誰よりも強くならなければならない・・・あの子はあの力を持つべきではなかった・・・一度心を赦せばとことん甘く、優しく、そしてその精神は酷く脆い。だからこそ私がいなくなった後、ルルーシュを・・・」


ゼロの言葉が不意に途切れる。

そのままゆっくりと倒れていくのを、半ば茫然とスザクは見た。

ゼロが倒れたその場所から徐々に血だまりが広がり、慌ててスザクはそれを抱き起こす。

脇腹に銃創を確認し、スザクは周囲を見渡した。




「ご苦労だったね、枢木卿」




至極穏やかにほほ笑むのは。


「シュナイゼル・・・殿下・・・」


シュナイゼル・エル・ブリタニアはどこか愉快そうに荒い息を吐くゼロを見た。


「今日君が『ゼロ』と会うと聞いてね、私も是非にと思ってきてみれば・・・『ゼロ』は私ですらその存在を知らない『ルルーシュの双子の兄』だったとは。」


シュナイゼルが屈み、ゼロの顎をくいっと持ち上げる。

ゼロはギッとシュナイゼルを睨みギアスを発動させようと口を開くが、しかしその瞬間シュナイゼルの持っていた銃の銃口がゼロの脇腹の傷に押しつけられ、痛みのあまり息を詰めたゼロの視界を布で覆ってしまった。


「殿下!」

「彼にはゆっくりと話を聞く事にするよ。大丈夫、殺しはしないさ。」


ご苦労だったね、枢木卿。

重ねるようにそう言って、シュナイゼルは部下にゼロを担がせ、踵を返した。






雲行きが・・・^p^;