「ふぅ。」


ため息一つ。

どうしようかと考えながら校庭を歩く。

頭に乗っているのは青い、ハートを模した帽子。

被っていると実に滑稽には見えるが、これを奪われてはならない。

奪われたら最後、そしてその後待ち受けている事態は想像するだけで身震いを起こすもので、それだけは避けなければならないと気合を入れる。

周りにあるのは『ケダモノ』の気配。

ふっと笑って、彼は走り出した。







「兄さん、ちょっと落ち着いて。」

「・・・っ・・・ああ。」


アッシュフォードの地下にある司令室。

大きなモニターで学園内の様子を把握しながら、ルルーシュは手に汗握っていた。

生徒会長ミレイ・アッシュフォードの卒業記念である『モラトリアム』。

キューピットの日と名づけられたそのイベントには、意中の相手の帽子を手に入れれば強制的にカップルになれるという何とも破天荒なルールがあった。

誰とも恋人になりたくなければ、全力で逃亡しなければならない。

・・・ということは。


「なんでこうも会長は俺を苦しめる企画ばかり通すんだ・・・!」


運動神経は悪くはないが、体力が全く無いルルーシュがこの企画に身を投じれば火を見るよりも明らか。


「ゼロお兄様は体力がおありになるのですか?」


ナナリーが首を傾げて、それに咲世子は微笑む。

まぁルルーシュ様と比べれば。

口には出さないものの、いかにもそう言っているような表情の咲世子をルルーシュは恨めしそうに睨んだ。


「そもそも咲世子さんが・・・」


彼女はいつものメイド姿ではなく、顔すらも違っていた。

服装はアッシュフォード学園の学生服。

そして顔はルルーシュやゼロと同じもの。

篠崎流37代目のSPとしての変装能力は完璧としか言いようがない。

ただ、彼女は『天然』だった。

どこかルルーシュのイメージを取り違えているのもあるかもしれない。

体力の無いルルーシュだが、誰かに帽子を奪われるわけにはいかなかった。

だからこそ咲世子に代理として逃走を頼んだのだが。

『体力の無いルルーシュ』でなかったとしても明らかに人間としておかしい動き。

人格を疑われるような発言の数々。

『これ以上ルルーシュに人格破綻者のような汚名にしかなりえないレッテルを貼られるくらいなら私が出る。』

そう言って紫のコンタクトを装着したゼロは今、モニタに映っている。



彼は、控えめに走っていた。














「全く、どいつもこいつも・・・狼共め。」


私の可愛いルルに手なんて出してみろ。

死んだほうがマシと思えるような地獄の責め苦を味わわせてやる。

そんなことを考えながらゼロは走る。

『運動以外は完璧なルルーシュ』のイメージを壊してはいけないから、時折休みながら。


「いたぞ!ランペルージだ!」


舌打ちをしてまた走り出す。

敵は女性だけであるはずだったのに。

今やこの身を狙うのは男性もだ。

部費予算の優遇。

それが男子生徒が『ルルーシュ』を狙う理由だった。

いじらしい恋心だな、と苦笑しつつもこの状況を作った会長を恨む。

ルルーシュが誰かのものになる、なんて。


「考えるだけでもおぞましい。」


醜い独占欲だという自覚はあるが、それでも嫌なものは嫌だ。

折角めぐり合えた、兄弟なのだから。

ポケットに忍ばせた時計を見遣れば、イベント終了まで約15分。

逃げ切れる。

確信したその時。


「きゃっ!」

「・・・っ」


校舎の角を曲がったところで、何かとぶつかった。

耳に届いたのは女性の声。

まずい。

隙を見て取られないようにと帽子を押さえ、ゼロが目の前でしりもちをついた女性に手を伸ばす。


「すまない、大丈夫か?」

「ル、ルル!!」


シャーリー・フェネット。

ルルーシュに恋心を寄せる女性。

内心舌打ちをしたい気分だったが、なんとか笑顔を取り繕う。

シャーリーはその手を取って、ありがとうと微笑んだ。


「あの・・・」

「ん?なんだ?」

「もしかして・・・お兄さん?」


ゼロは目を剥いて、数回瞬きをした。

ルルーシュとの唯一の相違点である瞳の色は、コンタクトで隠しているはずだ。


「・・・どうして、わかった?」

「あ、やっぱりそうなんだ・・・何か、ちょっと空気が違うような気がして。」


照れたように笑ったシャーリーにゼロもつられて微笑む。


「枢木とは大違いだな。」

「スザクくん?」

「あいつは、分からなかったから。」


瞳の色が違っても、気がつかない。

彼は、今の『ルルーシュ』を見ていないと、ゼロは思う。

きっと何気なく過ごした日々の。

『親友だった頃のルルーシュ』を、『今のルルーシュ』の中に探しているのだ。


「でもルル、ズルしてるんですね!」

「あ、いや・・・これは。私が無理を言ったんだ。あの子の体力じゃ捕まるのは必至だろう?あの子に彼女が出来て、私から離れてしまうのが嫌でね。」


私は独占欲が強いから。

そう苦笑すれば、シャーリーはゼロの手を借りて立ち上がった。


「大丈夫だと思いますよ?」

「え?」

「ルル、お兄さんが来てからちょっと元気になったから。」


目を剥くゼロの背中を押して、シャーリーは笑った。


「逃げてください。私、ルルは捕まえたいけど、お兄さんを捕まえる気はないですから。」

「いい、のか?私を捕まえれば、実質ルルーシュを捕まえたことになるんだぞ?」

「いいんです。」


シャーリーが踵を返した。

オレンジに近いハニーブラウンがふわりと揺れる。


「ルルはちゃんと、自分で捕まえてみせます!」


数歩歩いた後、「私ってばルルのお兄さんになんてこと言っちゃってるの!?」と顔を赤らめて走り去った彼女を見て。

いい友達を持ったのだな、とゼロは微笑んだ。






















傘を叩く雨の音。

それをどこか遠くで聞いているような感覚。

力を失った手はやがてその微かな振動にも耐え切れなくなり、傘が地の水溜りに落ちる。


「そんな・・・ルル・・・」


急にあふれ出した、過去の記憶。

打ち付ける雨に濡れながら、シャーリーは一人、往来の激しい道の真ん中で立ち尽くした。










シャーリー・・・(;ω;)