帰還した騎士団にはナナリー用の車椅子が準備してあった。

元々ナナリーが使っていた車椅子は棄ててくるつもりだった為、あらかじめ作らせておいたものだ。

そこに彼女を座らせて後ろから押してやりながら、ゼロはナナリーを見た。

少し緊張しているようにも見える様子に苦笑しながらやんわりと声をかける。


「帰るか」


短く吐かれた言葉にナナリーが弾かれた様に顔を上げる。


「どこへ・・・?」

「アッシュフォードのクラブハウス。」

「帰れる・・・の、ですか?」

「ああ・・・とは言っても、ダミーだが。」


ルルーシュはアッシュフォード学園の地下に巨大な組織を築いていた。

それはこれから日本を離れ、中華連邦を拠点とするために双方を海底トンネルで結んだものだが、その一画にはクラブハウスと全く同じ造り、同じ設備の生活スペースもある。

本来の生活スペースであった学園のクラブハウスは秘密情報局の監視下にあるため、いくら局員にギアスをかけていても安らげはしないのだ。

監視下、と言う言葉が会話の中に出てきて顔を歪めたナナリーに、ゼロはおおよその事情と現状を道すがら説明した。

ルルーシュが黒の騎士団を始めたきっかけ。

スザクとの確執とギアスという異能。

そして、『ゼロ』と『ルルーシュ』の関係。

余りにも話しておかなければいけないことが多すぎて帰りの道のりだけでは時間が足りずに、追々に説明してやるとゼロが微笑むと、ナナリーはやっと肩の力を抜いた。

擬似クラブハウスに戻ると、そこでは一人の女性が立っていた。


「お帰りなさいませ、ゼロ様。」

「ただいま」

「その声・・・咲世子さん?」

「はい、お久しぶりです。ナナリー様。」


ナナリーの世話をさせるため、ゼロとルルーシュは咲世子を中華連邦から呼び戻していた。

いつものようにメイド服を纏っている彼女はナナリーの足元に跪いて彼女の手をそっと握った。


「またお世話をさせていただきたいです。」

「はい、お願いしますね。咲世子さん。」

「咲世子さん、ナナリーに何かスープでも作ってあげてくれ。」

「かしこまりました。」


方向を転換して、ゼロはナナリーの車椅子を別の部屋に導いた。

ナナリーは鼻腔を擽った懐かしい香りに眉を寄せる。


「ここは・・・お兄様の部屋ですか?」

「正解。流石だな。」

「お兄・・・様・・・?」


ナナリーが恐る恐る呼びかけてみるも返答はない。

それもそのはずで、ルルーシュはベッドの上で静かな寝息を立てていた。


「今は私のギアスで眠らせている。自分がナナリーを迎えに行くと言ってきかないものだから。」


今回の太平洋上での総督奪還作戦は困難を極めるであろうことがあらかじめ予測されていた。

ナナリーを前にしては冷静さを欠いてしまうかもしれないルルーシュに作戦を任せ危険に晒すわけにはいかないと判断したゼロが『私が起きろと言うまで眠っていろ』とギアスをかけた。

ゼロはナナリーの車椅子から離れベッドに近づくと、眠るルルーシュの頬に手を添えて撫でた。


「ルルーシュ・・・『起きろ』。」

「・・・ん・・・」


瞼が震える。

ゆるゆると目を開いたルルーシュは暫くぼーっとして、それから思い出したようにゼロに掴みかかった。


「ゼロッ」

「終わったぞ」

「・・・っ・・・ナナリーはっ・・・!」

「そこにいる」


ひゅっと息を呑む音がナナリーの耳に届いた。

聞きなれた、懐かしい足音も聞こえて、目の前に兄が来てくれたのだとナナリーは理解した。


「お兄様?」

「ナナリー・・・ごめん・・・」

「それは『ゼロ』となった事への謝罪ですか?」


ナナリーがぎゅっとルルーシュの手を握った。

ルルーシュは何も言えない。


「お兄様は、間違っています。」


ゼロが表情を険しくさせる。

ルルーシュの心境の変化を手に取るように察することができる彼は、乱れ、崩れていく彼の『音』を聞いた。

不自然に跳ねる鼓動が手に取るように分かって、ゼロは同じように跳ねる己の心臓の辺りを掻き毟る。

場の空気が変わったのを肌で感じながらもナナリーは続けた。


「お兄様は勘違いなさっているんです。私は優しい世界なんて欲しくはなかった。」

「ナナ、リ・・・」

「お兄様がいれば、世界が優しくなくてもよかったんです。」


世界がどうなろうが、本当はどうでもよかった。

弱者として虐げられても、兄が傍にいてくれるなら。

世界が滅んでも、兄と共に死ねるなら。

ナナリーにとってはただ兄と過ごす何気ない日々が宝物で、絶対に失いたくないと思っていたもの。


「それでもお兄様は願ってしまいました。私の為の、優しい明日を。もう後には戻れない事も理解しています。」


革命に伴って増える犠牲は、今更止めたところで元には戻らない。

失った命は戻らない。


「だから・・・だから私も一緒に背負います。お兄様の傍で、お兄様の望みが叶うのを見届けます。」


ルルーシュの目から涙が零れ落ちた。


「お兄様、泣いているのですか?」


ルルーシュの黒髪を撫でながら、ナナリーはゼロがいるであろう方向に微笑みかける。

ゼロも微笑んで、歩み寄ったナナリーの髪を撫でた。













今大体本編6話とか7話位ですが、もうちょっとここらへんをうろうろした後展開をすっ飛ばします。
下手をしたら一気にラブアタックあたりまで。
朱禁城の花嫁?花嫁はルルーシュで十分だ!!!(落ち着け)


2011/10 加筆修正