「ナナリー。」


穏やかな声に返ってきたのは緊張したような、鋭い声だった。


「どなたですか。」


誰だ、と。

視覚を補うかのように発達した聴覚ならば、声を聞けば分かるはずだ。

誰よりも愛した、兄の声ならば尚更の事。

それでもナナリーは問う。


「どなたですか。貴方がゼロだということは分かります。お兄様の声を借りれば私が従うと、そうお考えならば無駄です。どんなに声が似てようと私を惑わすことは出来ません。」

「それでこそナナリー・・・我が妹だ。」


ゼロは嗤う。

以前電話で話した時とは違い、面と向かって言葉を交わせば声のほんの微かな雰囲気で見破られてしまうのだろう。

これでナナリーが簡単に従ったならば、兄への愛はその程度か・・・と見捨てていたかもしれない。

ルルーシュが悲しむことになってしまうが。


「貴方は・・・」

「私の名はゼロ。お前の兄だよ。」

「私のお兄様はただ一人です。」

「じゃあ触れてみるといい。得意だろう?」


嘘を見透かすのは。

そう言いながらゼロは歩き出した。

カツカツと靴が音を立てる。

身を強張らせたナナリーの手を半ば強引に取ると、彼女の閉じられたままの瞳から涙が溢れ出す。


「どうして・・・そんな・・・」

「答えは至極簡単だ。私も、ルルーシュと同じようにお前の兄だということだよ。」


手から伝わるのは『兄』。

何処か違う、それでも紛う事無き兄そのもの。


「ではお兄様、も・・ゼロなのですね・・・?」

「そうだ。失望したか?」


兄が、ルルーシュが信じられなくなったか。

そう問えばナナリーは首を横に振った。


「私に・・・お兄様を責める資格は無い・・・ですから。」


優しい兄は、優しい嘘を吐く。

いつだって『妹』の為に。


「お兄様は・・・今何処に・・・」

「アッシュフォードにいる。ナイトオブセブンに売られ、ブリタニア皇帝に記憶を書き換えられて。」

「スザクさんっ・・・!?」

「この一年、何よりも愛していたお前を探すというアクションをルルーシュが起こさなかったのは、記憶を書き換えられて『ナナリー』という存在を消されていたからだ。」

「記憶を?」

「枢木も、お前に嘘をついたんだ。『探してはいるけど、見つからない。ごめんね。』といった風にな。」


真実に思わず手で顔を覆ったナナリーの身体が震える。

ゼロは彼女の髪を撫でながら、耳元で囁いた。


「心配するな。ルルーシュは記憶を取り戻した。」

「私は・・・どうすれば・・・」

「お前の意思を尊重したいとルルーシュは考えている。世界のためにここに残るか、自分とルルーシュのために還るか・・・どちらを選んでも誰もお前を責めたりはしない。表向きは『ゼロ』が『総督』を誘拐したということになるからな。」


ふと、ゼロが後方のほうに視線を遣る。

何も言わず仮面を被ると、途端に轟音と共に地が揺れた。

動じることなくナナリーに向き直って手を差し出す。

少しの躊躇いの後、その手に少し小さな白い手が重ねられた。

轟音と共に、静かだった庭園の壁を白のKMFが突き破ってくる。


『皇女殿下、ご無事ですか!』

「スザク・・・さん」


それは幼馴染で、兄の親友で、今まで守って支えてきてくれた者の声。

ナナリーの手が震えたが、それを優しく握り締めた。


「いいのか。」

「はい・・・私を、お兄様の元に。」

「少し乱暴になるが・・・」

「構いません。」


ゼロは抱えあげたナナリーを肩に担ぐ。

これも演出の一つだ。

もう少しナナリーが辛くない体勢を取りたいが、それでは抵抗しないナナリーが疑われてしまう。


「総督の身柄は私達黒の騎士団が預かろう。取り戻そうなどと・・・くれぐれも考えないことだ。」

『ゼロ!やめっ・・・彼女を返せ!』

「それは無理な相談だ」


仮面の奥でにやりと嗤って、ゼロは駆け出す。

しっかり捕まっていろと声をかけると、ナナリーはぎゅっとゼロのマントを握り締めた。

ナナリーを抱えていることでランスロットが迂闊に手を出せないのをいいことに、ゼロはランスロットの横をすり抜けて、艦にあいた穴から飛び降りた。

吹きすさぶ風と浮遊感にナナリーが小さく悲鳴を上げる。

大丈夫だ、と声をかけたゼロの身体を、現れたヴィンセントが受け止めた。


『大丈夫!?』

「ああ、助かったよ。」


ロロに優しく声をかけて、ゼロは震えるナナリーを抱きしめた。

取り返した、やっと。

愛しい弟が欲するものを。












ナナリーのエスパーをフル活用。


2011/10 加筆修正