ピザの匂いが充満する。
それにゼロは不快そうに眉を寄せながら室内を移動し、冷蔵庫を開けて水の入ったペットボトルを出した。
「朝から飽きないな、お前は。」
「そんなに褒めてもサービスはしてやらないぞ。」
「いらん、そんなもの。」
実体を得てから、ゼロはC.C.と共に隠れ、逃げる生活を送ってきた。
変装して借りたマンションの室内は殺風景で、家具などは殆どない。
あるのは、食べ終わったピザの箱だけだ。
おかげで唯一の家具であるベッドに臭いが染み付いてしまった。
ため息を吐いたゼロだったが、突然身体をビクリと震わせて手に持っていたペットボトルを落す。
蓋の開いていたそれから水が流れ出して、フローリングを濡らした。
「どうした?」
C.C.が怪訝そうに声をかける。
胸の辺りを押さえて荒い息を吐いたゼロは、じんわりと浮かんだ汗を拭った。
「ルル・・・シュ・・・」
「ルルーシュがどうかしたのか?」
ゼロは答えなかった。
ただ急いで備え付けのクローゼットを開け放つ。
使うことになるとは思っていなかった服を見て、それを無言でそれを掴んだ。
「ゼロ?」
「ルルーシュが・・・ルルーシュの精神が揺れている。」
「往くのか」
「当たり前だ」
そのために、自分は『生まれた』のだ。
壊れそうな半身を支えるために『命』になった存在。
金縁のついた黒の服に袖を通す。
ゼロが飛び出した後、その玄関のドアを見つめて。
「お前がいてくれてよかったよ、ゼロ」
微笑んだC.C.はまた新たなピザの箱に手をつけた。
身体が震えた。
それもその筈で、親友だと思っていた彼は最早過去のトラウマでしかないのだ。
身体を押さえつけられ、目を無理矢理開かされて偽りの記憶を植付けられた。
奪われたものは自分にとって何よりも大切な存在で、絶望を感じずにはいられなかった。
何より、彼は自分の身柄の代わりに地位を望んだのだ。
売られた。
彼が何かを得るための犠牲になったのだ。
「ス、ザ・・・ク・・・」
復学してきた彼の役割は恐らく『監視』。
そして記憶が戻ったと分かればすぐに捕らえるなり殺すなりの行動を起こすはずだ。
ある種の恐怖であるそれに身体が震える。
震える息を吐き出した時。
「ルルーシュ」
名を呼ばれて顔を上げれば、目の前には荒く息を吐き肩を上下させている、自分。
それが誰だかを理解したルルーシュは呆然と呟いた。
「ぜ・・・ろ、なんで・・・、ここに・・・」
「お前が、嘆いているから」
ルルーシュがいたのは、アッシュフォード学園敷地内の倉庫だ。
アッシュフォードの制服を纏ったゼロは恐らく、『ルルーシュ』として学園内を闊歩してきたのだろう。
膝を抱えて座り込んでいたルルーシュと目線を合わせるように膝を付き、その身体を抱きしめる。
冷たい身体。
倉庫内の気温が少し低いのもあるだろうが、恐らくは精神的なものであるそれにゼロは唇をかみ締めた。
「ルルーシュ、何があった?」
「スザク・・・が・・・」
「そうか」
それだけ聞いて、やはり原因はそれかとゼロは息を吐いた。
ルルーシュの元へたどり着く前に、ナイトオブラウンズの「復学」に沸き立つ学園内の空気を見て大方の予想はつけていたのだ。
「大丈夫、大丈夫だ。」
「ぜ、ろ・・・」
「ゆっくり深呼吸するんだ。大丈夫、私はここにいるから。」
「はっ・・・ぁ・・・」
ルルーシュの心は、ゼロと繋がっている。
怖いと叫んでいるのだ。
奪い続けなければいけない自分の宿命と、奪われることを恐れる感情が相反して鬩ぎあう。
「ルル?」
暫くの沈黙の後、ルルーシュが腕の中でぐったりとしているのに気付きゼロは眉を寄せた。
「気を失ったのか」
力ない身体を背負い、ゼロは立ち上がった。
「すまない」
クラブハウスで目を覚ましたルルーシュは、傍に付いていたゼロに言った。
ゼロが首を傾げる。
「何故謝る?」
「分かっているんだ。俺の反逆は一度失敗している。弱さを棄てなくては・・・いけないことくらい・・・」
一度失敗しているからこそ、これからの路は困難を極めることになるだろう。
もう、過去を振り返っていはいけない。
弱さも、甘さも、邪魔になるものは全て棄てなければいけない。
そうでもしないとまた同じことの繰り返し。
制御の利かなくなった左目を押さえて、息を吐いたルルーシュの額にゼロはそっと手を添えた。
「棄てられないのなら、棄てなくてもいい。」
涙が浮かんだ目尻にゼロが唇を寄せると、ルルーシュの身体がピクリと震えた。
「お前のそれは弱さではなくて優しさだ。」
「でもっ・・・邪魔だ・・・!」
「邪魔なんかじゃない。お前はそれを大切にするんだ。」
人間らしさを棄ててはならない。
情は邪魔になることもあるが、それに救われる事だってあるのだ。
ゼロは少し唸って、口元に手を添えた。
「しかし・・・少し枢木にも分からせてやらないといけないな。」
枢木スザクという存在を、少しでもルルーシュから遠ざけなければならない。
ゼロはにやりと笑って、ルルーシュの目を見た。
「仮面を、被れるか?」
それに目を剥いたルルーシュは、何かを決意したかのように強く頷いた。
「こんなところにいたのか、スザク。」
グラウンドでは、生徒達が楽しく踊っている。
枢木スザク、復学記念。
そう称されたモラトリアムを屋上から見つめていたスザクに声をかけた彼は。
ルルーシュは、微笑んでいた。
ここらへんでやっと本編5〜6話くらいです。
そしてこれからどんどん枢木さんが可哀想になっていくような気がします。
愛はあるよ!
C.C.は何だかんだでルルーシュのことが好き(多分母性かなんかでw)なので、ルルーシュを守ってくれる存在のゼロを大切に思ってます。
2011/10 加筆修正