日も暮れ始めた頃。
庭の整備を終え、汗をシャワーで流して着替えも済ませて。
主の所に戻るべく、スザクは上機嫌で廊下を歩いていた。
手には一輪の薔薇。
庭に植えるのに取り寄せた新種の薔薇で、業者が種と共にサンプルとして持ってきたものだ。
ただとてもサンプルにしておくのは勿体ない華麗なもので、殺風景な執務室にでも飾ろうと決めた。
足取りも軽快に歩いていると、やがて先の方からこちらに歩いてくる人影を確認する。
それにスザクは首を傾げた。
おかしい。
不思議に思ってスザクは走る。
一気に距離を詰めて、何やら思いつめた様子のルルーシュに声をかけた。
「殿下?」
「・・・枢木」
「どうなさったのですか?またドレスを・・・」
来客や外出の際はドレスを纏うルルーシュだが、普段はパンツスタイルだ。
ルーカスが帰った後、いつものようにルルーシュはすぐにドレスを脱いだ。
それなのに今目の前にいるルルーシュはまたドレスを纏っている。
黒の、シンプルなドレス。
俯いていたルルーシュが顔を上げた瞬間睨むような視線が飛んできて、スザクは思わず一歩後ずさる。
何か失敗しただろうか。
思い当たる節は特に無い。
どうしたものかと様子を窺っていると、ルルーシュはいきなりスザクの腕を掴んで強く引いた。
「殿下?」
そのまま引っ張られるように歩く。
引っ張る力は然程強くはないのだが、抵抗しなければ容赦なくひかれていく。
スザクが何度か後ろから呼び止めてもルルーシュは反応を示さなかった。
そのまま離宮を出て、庭の、整備したての芝生の上で立ち止まる。
もしや、と思いスザクが上着を脱いで芝生の上に敷こうとすると、それにルルーシュは「いらん」と一蹴した。
スザクが何か言う前に芝生の上にストンと腰を下ろしてしまう。
「座れ」
「は、はい・・・。」
ルルーシュと向かい合うように、スザクは正座した。
それをじっと見つめた後、ルルーシュはぼそぼそと言葉を紡ぎだす。
「私は・・・強くなれたと思う。」
「殿下?」
「お前がナナリーを助けてくれたから、私は生きる力を得た。ナナリーの場所とお前の場所を守るために・・・ずっと、傍にいられるように・・・私は守ることに全てを尽くすつもりだ。」
ルルーシュの瞳に決意が籠っていて、スザクは思わず息をのむ。
「ナナリーを取り戻す前の私は・・・弱かった。お前の命が危ないと分かっていて、私は助けることができなかった。」
「そのようなことは・・・殿下は自分の為にその身を呈してくれたではありませんか。」
「それだって、父上にお叱りを受けたからだ。あの場に行く前、私はナイフを手に父上の所に行って、この命を差し出すことでお前を助けてもらうつもりだった。」
「・・・!!!!!!」
「私は・・・弱かった。」
ぎゅっと握りしめられたドレスに皺が寄る。
唇を噛みしめるルルーシュに、スザクは呆然とした。
まさか自分が捕まっている間にそんな事があったなど知らなかったからだ。
「父上が弱者を嫌うのを・・・少しだけ分かった気がする。勿論父上のように身分や人種で弱者の括りをつけるのには賛同はできない。ただ・・・心が弱かった私は・・・酷く醜かった。」
「殿下・・・」
「だから私は闘う。守るためならプライドを捨てて頭も下げるし、私の大切なものを脅かすなら容赦はしない。もう二度と、己の弱さにも屈しない。」
負けたくない、と。
そう何度も言い重ねたルルーシュはそこで一度深呼吸をした。
「だが一つ、問題がある。」
「な、んで・・・しょう。」
「私は、お前に勝てる気がしない。」
「・・・・・・・・・は?」
ルルーシュの言葉に、スザクは言葉を失った。
勝てる気がしない。
そう彼女が言ったのだともう一度脳内で反復し、意味を考える。
考える。
だが、理解できない。
「自分・・・ですか?」
「そうだ。」
「あの・・・自分が、何を・・・」
「お前、きっと私がどんなに頼んでも、もう私を『ルルーシュ』とは呼んでくれないだろう。」
強情な奴めと口を尖らせたルルーシュを前に、スザクが全身の血の気が一気に下がったかのように真っ青になった。
何故こんな重大な事を忘れていたのだろうと、お気楽な自身を呪う。
彼女の、自分の主の唇を、奪ってしまったのだ。
同意も得ず、無理矢理。
「だから私は・・・枢木、どうした?」
「申し訳ありません!!自分はッ・・・!」
「終いには切腹するなどと口走るなら騎士を解任するからな。」
まるで見透かしたようにそう言ったルルーシュに、スザクはぐっと口を噤んだ。
ルルーシュは少し目を細め、やっぱりなと小さく呟いて溜息を吐く。
少し身を乗り出して、強く握りしめられていたスザクの拳にそっと手を添える。
「解任する、なんて嘘だ。もう私は、お前以外の騎士は要らない。」
「殿ッ・・・」
「私はお前が・・・」
「殿下ッ!!!」
スザクが声を荒げる。
それにビクリと肩を揺らしたルルーシュは目を剥いて、俯いたスザクを見た。
「やめてください・・・自分は・・・」
「スザク」
凛とした声。
女性にしては少し低めの、意思の強い声だ。
「スザク」
もう一度、ルルーシュはそう静かに呼びかけた。
諭すように。
もういいのだと。
抑え込む必要は無いのだと。
まるでそう語るかのような瞳がスザクを射抜く。
「せめて、お前の前でだけ・・・私は『ただのルルーシュ』でいたい。主ではなく、ただの女でいたい。」
「もう・・・やめてください、本当に・・・」
それに一瞬傷ついたような表情を浮かべたルルーシュだったが、違和感を感じて目の前の男を見る。
正座した膝の上で震える手を握り締めて。
スザクは、顔を赤らめて何かを堪えるように唇を噛みしめていた。
訝しがったルルーシュを前に、スザクは潤んだ瞳で訴える。
「これ以上はッ・・・自分が、情けなくなります・・・」
「は?」
「仕えるべき主に・・・というかその前に女性である殿下にそれ以上言われてしまったら・・・」
「そう思うなら言わせるな。お前が言え。」
目を細め、冷たく言い放ったルルーシュ。
スザクは盛大に目を見開く。
それからもごもごと何かを言いたげなスザクを更にルルーシュが視線だけで追い立てて、観念したスザクがぼそっと呟いた。
「まさか殿下に・・・」
「『鈍感』な私にここまで言われるとは思わなかった・・・と?」
「・・・も、申し訳・・・」
「・・・いや、いい。その通りだ。」
「へ?」
「・・・先週、ユフィが泊まりに来ただろう。」
「はい。」
「・・・夜通し、説教と講義を受けた。私は鈍感過ぎだからこのままではお前があまりにも不憫だと。」
絶句。
あんぐりと口を開いたままのスザクをちらりと見ながら、ルルーシュはあくまで不遜な態度を崩さない。
「お前は私を好いていてくれているのだと思ったのだがな。成程、不敬罪への恐怖にも勝てない程度の感情だったか。」
目の前がカッと赤くなったような、そんな感情の昂り。
スザクがぐっと身を乗り出した。
ルルーシュは微動だにしない。
スザクはそのままルルーシュの唇を奪うべく顔を近づけていったのだが、やがて我に返り慌てて身を引こうとする。
そうされる前に、今度はルルーシュが身を乗り出した。
触れる程度の、軽いキス。
それが精いっぱいらしいルルーシュは顔を真っ赤に染めて、顔を背けてしまう。
呆気に取られ、それでも。
ここで言わなければとスザクはほほ笑んだ。
「殿下を、愛してしまいました。」
「・・・なんだ、その言い方。」
「だって、愛してしまったんです。身分も違うし、人種も違う。許されるはずがないのに、それでも抑えきれないんです。」
やっと言えたと表情を綻ばせたスザクに、ルルーシュもくすぐったそうに破顔した。
愛しているんですと何度も繰り返し重ねられるその言葉に、じんわりと心が熱くなるのを感じながら。
やっとくっついたぜこいつら。