アリエスの離宮。

長らく住人である皇族が不在であったその離宮は、現在は綺麗に整備されていた。

廊下を歩けば塵一つなく、庭は色とりどりの鮮やかな花が埋め尽くしている。

その離宮内を、ルーカスは肩を怒らせて早足に歩いていた。

使用人らしい数人の女性が制止するのも聞かずただ歩いて、目的の人物を探す。

数多くある部屋のドアを片っ端から勝手に開け放っていく行為には問題があるが、そんな事を気にしている精神的余裕はすでに無かった。

ドアを開けていくにつれて、どんどん焦りが募る。

ここで証拠がつかめなければお仕舞い。

焦るルーカスの背中に、冷やかな声が投げかけられた。


「ルーカス様、我が主がお待ちです。」


当初は取るに足らないと思っていた彼女の『騎士』の笑顔に、ルーカスは口を引きつらせた。











彼女は、庭で優雅にティーカップを持ち上げていた。

唇をつけて、勿論音なんて立てることなく嚥下する。

その動作一つ一つの洗練さに控えているメイドは見惚れているようだった。


「殿下、ルーカス様をお連れしました。」

「ああ、ご苦労だった。作業に戻っていいぞ。」

「イエス、ユアハイネス」


スザクは礼を取った後、装飾の施された黒の騎士服の上着を脱いで庭にしゃがみ込んだ。

メイドと共にシャベルを持って、耕した土に種を埋めていく。

その様子を微笑ましげに見つめていたルルーシュがちらりと横目でルーカスを見た。


「それで、今日は何用かな。」

「・・・白々しい。堂々と『盗難』行為をしておいて。」

「盗難にあわれたのか。被害届は出されたか?」


ぐっとルーカスは押し黙る。

それを見て、ルルーシュは鼻で嗤った。


「さぞかし大事なものだったのかな。例えば・・・誰かを操る為の重要な『切り札』であったとか。」

「・・・ッ」

「見事だ。貴殿の薄汚さに、私はもう手も足も出ない。」

「何の権力も持たぬ小娘がッ・・・!」

「そうだな、私は何の力も持ってはいなかった。人を虐げる力などいらないと思っていたからだ。ただ、守るための力は持っていた方がいい。私を手中に収めるべく足繁く通ってくれた貴殿に唯一教わった事だよ。」

「・・・力?ヴィ家唯一の力であったアッシュフォードはお前のせいで没落だ。そんなお前に何ができる!」

「できるさ、何でも。ただ頭を下げただけで手に入ったものもあるしな。」

「何をッ・・・!」

「私の『宝』は今、エル家にある。」


流石の貴殿もエル家に手は出せまい。

そう言ったルルーシュに、ルーカスは愕然とした。

シュナイゼル・エル・ブリタニア。

宰相を務め、皇位継承権など関係ないとばかりに今一番皇帝の椅子に近い男。

ヴィ家の後ろ盾として、エル家が背後に控えている。

下手に手を出してその機嫌を損ねようものなら、二度と表舞台には立てないかも知れないほどの大きな力が。


「私に盗まれ、共謀するシュナイゼル兄上が隠していると届を出したければ出すがいい。その瞬間貴殿が皇族相手に嘘をつき、その皇族を軟禁していたという事実が世に知れ渡ることになる。」


どうなるだろうな、と楽しそうに言うルルーシュに逆上したルーカスが懐から銃を取り出して構えた。

しかしルルーシュは身構えることはなかった。

その次の瞬間既に銃は地に転がっていたからだ。

呆然として、ルーカスが己の手と、地に落ちた銃と、さらにその傍らに落ちているモノを見て。

ギッと睨みつけた先で、スザクは微笑んでいた。


「申し訳ありません。手が滑りました。」


スザクは立ち上がって、銃の近くに落ちているシャベルを拾い上げた。

ついには異なものを見るようなメイドの視線にすら耐えられなくなり、ルーカスはその場から駆け出した。

メイドたちは喜びの声を上げ、紅茶を入れなおしましょうだとか茶菓子を増やしましょうだとか、意気揚々とそれぞれの持ち場へと散らばり始める。

スザクもルーカスが残していった銃をひょいと拾い上げ、危険が無いかを確認した後ルルーシュへと歩み寄った。


「殿下?」

「なんだ」

「シュナイゼル殿下の後ろ盾を得た、というのは本当ですか?」

「嘘に決まっているだろう。」


あっけらかんと言い放ったルルーシュに、スザクは瞠目した。


「名前だけは貸してくださいと頼んでおいたがな。実際の援助は丁重にお断りした。」


これから敵になる相手なのだから、と何やら物騒な発言が聞こえた気がして、スザクは嫌な汗が浮かぶのを誤魔化すのに全ての意識を集中させた。






最終話まで@3です←ほぼ確定