何もできない。

父である皇帝は何も聞き入れてはくれない。

地位があってないような己には軍すら思い通りに動いてくれない。

何て無力。

嘆いてみても誰も助けてはくれない。

だから、何も出来ないと分かっていても自分で立ち上がるしかない。

時間はもうすぐ運命の刻。

意識不明のままの兄の元へは朝早くに訪れてみたが目覚めることはなかった。

握りしめた短剣が妖しく光る。

汗で滑る柄を取り落とさないように両手で包む。


「それで、またワシに挑むか。」


嘲笑うようなブリタニア皇帝。

椅子に深々と腰掛け、足を組んで、肘掛に肘をついて。

見下ろしてくる瞳の色は己と同じ色。

血を引いているのだということを表す色。


「私には、他に方法はありません。」


権力は無く、過去に後ろ盾になってくれたアッシュフォード家は己の所業によって潰れた。

頼れる者はいない。


「して、どうする。ワシを殺せど事態は変わらぬ。」

「それは分かっています。だから、ただ願いにきただけです。」


皇帝の前に跪き、短剣の己の喉下に当てる。


「私のこの命を対価とし、我が騎士をお救いください。」

「ワシがその願いを聞き届けると思うのか。」

「思いません。ただ私はもうアレを救ってやる手立てがない。私が使うことの出来る最後のものはこの命のみ。」


弱い。

弱い弱い弱い。

涙が浮かびそうになるのを必死で堪える。

死ぬことは怖くない。

彼を救うことが出来るのならば、あの日炎に呑まれた時の様な死への恐怖は感じない。

ただ彼が死ぬことと、無力な自分が怖い。

弱くて、こんなことでしか主張できないことが悔しい。

強くなりたい。

人を虐げる権力は欲しくはないが、人を救う力が欲しい。

己の無力さに嘆くのはもうたくさんだ。

今出来ることを精一杯することが哀れな騎士へのせめてもの報い。


「くだらぬ。」


蔑みの言葉。

それが投げかけられたということは、願いは聞き届けてはもらえないということ。

絶望したルルーシュの耳に、また声が届く。


「何故諦める。だから貴様は弱いというのだ。」

「・・・父、上」


弱者。

父親であるブリタニア皇帝が嫌いなもの。


「抗え。足掻いて足掻いて、醜いまでに這い蹲ってでも。立ち上がって見せろ。」


目の奥が熱い。

涙が浮かんでくるわけではないけれどただ熱くて、目を細める。

手に持った短剣は投げ捨てた。

もう必要の無いものだ。

ぐっと足に力を込めて立ち上がる。

皇帝はそれを黙って見ているだけ。

駆け出した足に纏わりつく黒のドレスを翻しながら、ルルーシュは走った。

体力の無い身体はすぐ息が上がり、心臓と肺が悲鳴を上げる。

目だって霞むし、浮かんだ汗がドレスに吸い込まれてまた煩わしい。

それでも走った。

力の抜けそうな足に何度もカクンと転びそうになるけれど、走った。

宮殿を抜け、軍部に足を踏み入れる。

多くの静止を振り払い、なおもルルーシュは走った。

幸いなことに軍人はルルーシュの身分を知ってか知らずか手荒な真似をしてこない。

それをいい事にルルーシュは一気に軍内部を駆けて、スザクの幽閉されている牢まで到達した。

スザクは冷たいはずの石の床に立ち膝をしている。

その背後に立った軍人がスザクの後頭部に銃口を押し付けた。


「やめろ!」

「で、殿下!?」

「・・・第三皇女ルルーシュ殿下とお見受けします。庇い立てするのは御身の為になりませんよ。」

「そ、れに・・・手出し・・・することは、この私の、名を持って許さ・・・ん。」


息が上がって途切れ途切れになる言葉。

声を出すのも辛いが、そんなことをいっている場合ではない。


「皇女殿下、これはナンバーズです。殿下の騎士に相応しい者など腐るほどおります。」

「だま、れ!私に相応しいかどうか、は、私が決める!」


スザクが顔を歪める。

ああ、そんな顔をさせたいんじゃないんだ。

そう思いながらルルーシュは軍人を睨み付けた。

本来ならばいくら継承権が低い皇族でも、軍人は逆らったりなどはしない。

それほどまでにナンバーズであるスザクが邪魔なのだということだ。

人種で自由を奪われてしまうこの国を変えたいと、今ルルーシュは切に感じている。

静止を振り切って駆け出し、スザクの頭を抱え込んだ。

向けられる銃口と、カチャッという引き金の音。

そして切羽詰ったスザクの声。


「殿下!離れてくださいっ・・・自分は・・・!」


スザクの言葉は聞かなかったことにした。

ぎゅっと抱きしめたスザクの身体と、自分の身体が強張った。


「お待ちなさい。」


割り込んだのは女性の声。

聞き覚えがあるその声に、ルルーシュはゆっくりと顔を上げた。


「ずっと意識が戻られなかった第二皇子シュナイゼル殿下がお目覚めになられて、証言が取れました。その枢木スザクに命令違反の事実はありません。シュナイゼル・エル・ブリタニア、そしてわたくしユーフェミア・リ・ブリタニア両名の連名により枢木スザクを無罪と認めます。」


銃を構えていた軍人が舌打ちしてスザクの拘束を解く。

それに眉を顰めながらも走り寄ってきたユーフェミアは、ルルーシュの近くにしゃがみこんで首を傾げた。


「ルルーシュ?」


ルルーシュは何も応えない。

スザクも不安になって「殿下?」と呼びかけてみるのだが、やはり反応が無い。

身を強張らせたままピクリとも動かないルルーシュの耳元で、ユーフェミアが静かに囁く。


「ルルーシュ、もう全て終わったのです。あなたの大切な騎士は死にません。」


その途端ルルーシュの身体の力が抜け、崩れ落ちそうになるのをスザクが慌てて支えた。

意識を手放したルルーシュに、スザクは泣きそうになるのをぐっと堪えた。









しおらしいルルーシュは多分今回が最後かなと思います。

父上がいい人そうに見えるのは仕様です。