第二皇子シュナイゼルは意識不明。
それを聞いて居ても立ってもいられなくなり行動を起こそうとしたルルーシュをユーフェミアは諌めた。
今動いたところで状況は変わらないし、体調が万全ではない。
何より、義理の兄であるシュナイゼルが『ナンバーズだから』という理不尽な理由でスザクに命令違反の罪を着せようとしたわけではないということが分かった瞬間、身体から力がぬけた。
その日一日を結局ルルーシュはベッドの上で過ごし、出された食事も戻しそうになりながらいつもよりは少しだけ多く食べた。
体力をつけなければいけない。
失わないために戦わなくてはいけない今、倒れている場合ではない。
奮闘するルルーシュの傍に、ユーフェミアはずっとついていた。
「ねぇ、ルルーシュ。」
ルルーシュの髪に櫛を通しながら、ユーフェミアはどこか楽しそうに笑った。
その笑みの理由が分からなくてルルーシュは首を傾げる。
「彼の何処が好きになったのですか?」
「何の話だ?」
「好きなのでしょう?枢木スザクさんが。」
もう一度ルルーシュは首を傾げた。
好き。
自分が、彼を。
その意味をなんとか噛み砕いて理解しようとするのだがいまいち上手くいかない。
「好き?私が?」
「好きではないのですか?」
「騎士として信頼している。今まで私についた騎士達の中であれだけが・・・」
「そうじゃなくて!」
ああもどかしい!
そうユーフェミアは叫んで、ルルーシュは眉を顰めた。
ルルーシュにしてみれば今胸中を渦巻く感情はそういった風のものなのだが、ユーフェミアは一向に納得しない。
「じゃあルルーシュ。」
「ん?」
「あなたは皇女じゃないとします。あなたが皇女じゃないから勿論彼も騎士ではありません。それならどうですか?」
「どうですか、とは?」
「邪魔なものは身分でしょう?身分がなくなれば貴方たちはただの男と女なんですよ?」
身分がなくなる。
それはまだ宮殿に戻る前、森の中でルルーシュがスザクに望んだことだ。
身分を忘れてくれと。
ただの『スザク』と『ルルーシュ』になりたかった。
命令して、跪く。
そんな相互関係が確かに嫌になった。
ただそれを望んでいたのはルルーシュのみで、スザクはその行為に苦痛にも似た表情を浮かべて拒否した。
「枢木は・・・私とは主と騎士の関係でいたいんだと思う。」
「彼がそう言ったの?」
「いや・・・」
『簡単に近づいてくる殿下が俺の首を絞める』
そう言われたことをルルーシュはユーフェミアに告げた。
それを聞いた後ユーフェミアは悲しそうな顔をして。
困惑したままのルルーシュの手をそっと取った。
「早く気付かないと・・・手遅れになってしまうわ。」
「どういう・・・」
「ルルーシュって頭はいいのにそういうところはとても疎いのね。世間知らずなのかしら。」
「なっ・・・!」
「彼はね、闘っているの。自分の心と。」
ベッドの、ルルーシュの隣の空いたスペースに潜り込む。
元々ベッドはユーフェミアに宛がわれたもの。
幼い頃、よくしたように身を寄せ合う。
「自分が騎士であなたが主だから自分の心に嘘をついている。折角騙し騙し耐えているのにルルーシュが救いようもないくらい鈍感だから。だからそんなことを言ったんです。」
「首を絞める・・・ってやつが?」
こくりとユーフェミアは頷いた。
ルルーシュは眉間に皺を寄せて考えているようで、小さく唸った。
「受け入れるか、きっぱり遠ざけるかしてあげないと彼が可哀想。」
「・・・選択肢は、それしかないのか。」
「ないと思います。」
遠ざけたくはない。
ずっと傍にいて欲しいとも思うし、勿論死んで欲しくはないし。
どっちつかずのその様子に、ついにユーフェミアは業を煮やした。
「じゃあルルーシュ。わたくし、スザクを恋人にします。」
「ほぁ!?」
「勿論そのまま騎士としてルルーシュに仕えていてもいいわ。ただ、スザクの心はわたくしのものです。」
悪戯っぽくユーフェミアは笑ったのだが、ルルーシュにはそれが本気のように思えてならなかった。
ユーフェミアがスザク、と呼ぶのは何故かとても自然で、普段己が『枢木』と呼んでいたのが酷く滑稽に思えてくる。
『ルルーシュ』
彼にそう呼ばれたとき、微笑まれたとき。
あの時気持ちはわけも無く高揚して、だからずっとそう呼ばれていたいと感じた。
「どう?モヤモヤしてきました?」
「ユフィ・・・」
「それが嫉妬。」
嫉妬。
嫉妬、嫉妬・・・。
反復するその言葉は、今まで無縁もいいところだったような言葉。
「わたくしね、ルルーシュのことを生字引だと思っているの。」
「・・・なんだそれは。」
「さて、ここで問題です。『嫉妬』という言葉の意味は?」
「・・・自分よりすぐれている人をうらやみねたむこと。自分の愛する者の愛情が、他の人に向けられるのを恨み憎む・・・こ、と・・・。」
呆然と呟くルルーシュを、ユーフェミアは苦笑して見つめていたのだが、突如部屋のドアがノックされ、ユーフェミアはベッドから抜け出した。
天蓋でベッドを覆って、ユーフェミアは固い表情のままドアの方に向かう。
「・・・そうですか。」
部屋を訪れた人物に何かを告げられたらしいユーフェミアは、やがて静かにそう呟いた後扉を閉めてルルーシュの元へ戻ってきた。
その硬い表情に、ルルーシュも眉を寄せる。
「ルルーシュ・・・明日の正午に、彼の処刑が執行されることが決定されたそうです。」
ひゅっと、ルルーシュの喉が鳴った。
多分次回が一番の山場です。