死んでもいいと、そう思っていた。

どこか生きることに希薄な精神。

今回もそうだった。

主は守ることができた。

どうしようもない言葉で傷つけてしまったけど、命は守れた。

だから軍機違反で咎められようと、主に対する不敬で処刑されようと構わなかった。

それなのに。

それなのに彼女は。


「泣くな。手が使えないのに泣いては酷い顔になるだろう。私はこの壁が邪魔で拭いてやることができないし・・・」

「い、いえ・・・そんな・・・」


出てくるのは嗚咽ばかり。

スザクはどうにかして涙を止めようとしたけれど、まるでその嗚咽に同調するかのように次から次へと零れていって。

それを見てルルーシュは仕方の無いやつだと笑った。

嗚呼、何て綺麗なのだろう。

あまりにもこの牢獄とは不釣り合いな笑顔が眩しくて、目を細めれば、また新たな涙が頬を伝う。

それからルルーシュは立ち上がったのだが、覚束無い足下に身体が傾き、独房の壁に手をついた。

驚いたスザクがよく見れば。


「殿下・・・お顔の色が・・・」

「照明の、せいだろう。それかいきなり立ったから立ちくらみしただけだ。気にするな。」


そうは言われたものの、スザクは焦っていた。

ナナリーが生きていると知ってからというもの、ルルーシュは少しずつではあったが食事の量を増やしていった。

それでも常人のそれとは比べ物にならないほど少なく、当然のように体力は無い。

そしてあの火災の後数時間のサバイバルを経て、今現在だ。

いつ倒れてもおかしくないほど消耗しているに違いないし、ここまで持ったこと自体が最早奇跡ともいえる。

焦燥に駆られるスザクではあったが、今はどうすることもできないのだ。


「殿下っ・・・少しお休みになられてから・・・」

「なぁ、枢木。」


スザクの焦りなど、気にする気はないのだろう。

ルルーシュは薄く笑った。


「さっきあんな命令を下しておいてから言うのもどうかと思うのだが・・・無事ここから出れたら、ちゃんと・・・任命式をしよう。」

「殿下・・・?」

「正式な私の騎士に・・・なってくれないか?」


高揚する感情。

それはある種の死刑宣告であったはずなのに、そんなことも忘れて。


これで彼女の『命令』を実行するための居場所を手に入れたのだと、スザクはまた涙を零した。


















ふらふらとしながらも、廊下を歩く。

激しい眩暈と吐き気。

疲労もいくところまでいったか、と半ば他人事のように感じた。

視界は霞み、脚に力が入らない。

それでも立ち止まるわけにはいかないと、脚にぐっと力を入れる努力をした。

立ち止まってしまったら、それで全てが終わってしまうかもしれない。

胸中を渦巻くのは恐怖だ。

結局何もできずにただ嘆くだけの自分の姿が容易に想像できて、そうならない為にも立ち止まることはできない。

何度も何度もそう言い聞かせても、身体は思い通りに動いてはくれない。

視界が霞む。


「ルルーシュ?」


遠くで、名前が呼ばれた。

もしかしたら本当は近くで呼ばれたのかもしれない。

それでも何もかもが遠くの音のように思えた。


「ルルーシュなのでしょう?」


前方から、誰かが走ってくる。

見えたのは白。

そして桃色。


「ルルー・・・どうしたのですかっ!?」


遠のいていく意識を、今度はつなぎとめることができない。

白く霞んだ視界が急激にブラックアウトする。

何人かの悲鳴が耳を掠めたが、目蓋の重さには敵わなかった。
























「目が覚めましたか?」


ぼやけた視界で、桃色が揺れた。

その色彩は幼いころよく見たものだ。

ふわふわとした、慈愛の色。

母譲りの黒髪に誇りはあったが、それでも少しだけ憧れていた色だ。

ベッドらしい感触に手をついて起き上がろうとする身体に彼女の手が添えられる。

その柔らかな力にすら抵抗する体力は残っていなくて、そのままベッドに沈んだ。


「ユフィ・・・」

「久しぶり・・・ね。最後に会ったのはあの日だったかしら。」

「そう、だな・・・」


第四皇女、ユーフェミア・リ・ブリタニア。

まだ幼い頃、よくアリエスの離宮で茶会を開いていた際に顔を見せていた片腹の妹。

ルルーシュの額に浮かんだ汗をタオルで拭いながらユーフェミアは微笑んだ。


「お医者様が疲れが出たんだろうって。あとはちゃんと食事をとるようにと仰っていました。この部屋は私に与えられているものだから、ゆっくり休んで・・・」


ルルーシュは頭を動かして、チェストの上にある時計を見た。

スザクに面会してから既に3時間経っている。

そんなに眠ってしまっていたのだと自分を責めながら、ルルーシュは何とか起き上がった。

視界が揺れる。

激しい眩暈をどうにかやり過ごしながら見回した部屋はどうやら客室のような部屋で、ベッドとテーブルがあるくらいの簡素な部屋だ。

その部屋の隅に、運び込まれたらしいドレスが数着だけ掛けられている。


「ユフィ、君は今まで何処に・・・」

「私はエリア11にいたんです。あの日からそう遠くない内にお姉様と、あとクロヴィスお兄様と一緒に行きました。将来的にエリア11の総督をその中から選ぶから・・・と。」


あの日、というのはルルーシュがブリタニア皇帝に剣を向けた日だ。

事件後すぐにルルーシュは幽閉され、恐らくヴィ家と親交の篤かったリ家と第三皇子クロヴィスはルルーシュから遠ざけられる形となったのだろう。

エリア11。

己の騎士の母国であり、元は日本という名があった国。

ブリタニアの侵攻によって名を奪われ、番号で呼ばれるようになってしまった。


「貴方の騎士が日本人だって聞いて、びっくりしました。」

「ユフィ・・・今・・・」

「日本はとてもいい所でした。勿論争いは絶えません。あの方達にとって私達はただ無作為に侵略してきた邪魔者でしょうから・・・でも、それでも私は出来ることなら本当の名前で呼んで差し上げたいの。立場上公には無理でしょうけれど。」


微笑んだユーフェミアはルルーシュの白い手を握る。

体調が思わしくないルルーシュの手は冷え切っていて、それを温めるように包み込んだ。


「ルルーシュは・・・その、いつあの塔から?」

「出たのは・・・昨日、だ。」

「え・・・そう、だったんですか・・・。私は今日こちらに戻ってきたんです。本国がEUの襲撃を受けたと聞いて・・・今までエリア18にいたシュナイゼルお兄様もそうだったのですけれど・・・」

「・・・そうだ、シュナイゼル兄上・・・。兄上はどこにおられる?」


スザクはシュナイゼルの命によりルルーシュを連れて逃げたと証言している。

彼が嘘を吐いているとは思えないルルーシュは息を呑んだ。

シュナイゼルがそう証言してくれればスザクは命令違反にも敵前逃亡にもならない。

皇族の命令は絶対で、皇帝の次に従うべき相手だ。

しかしユーフェミアは驚いたような顔をして、ルルーシュを見た。


「聞いていないのですか?」

「なにを・・・」

「シュナイゼルお兄様は・・・お兄様がいた司令部が攻撃を受けて、意識不明なんです。」


泣きそうな表情のユーフェミアに、ルルーシュは言葉を失った。

スザク、という小さな呟きが漏れた。

















ピンクの彼女の役割はもっぱら『出歯亀』ですwwwww
ルルーシュの鈍感さに悩むスザクへの救世主となるのか!