ルルーシュはただ宮殿の廊下を迷うことなく歩いていた。
纏ったドレスはやはり黒色で、しかし煤で汚れてなどいない真新しいものだ。
疎らだった長い髪の毛先は綺麗に整えられているが、結われることなくただ背に流れている。
ドレスを着替え、毛先を整えただけでも、ルルーシュにとっては最大の譲歩だった。
本当はそんなことをしているような状況ではなかったのだ。
スザクが捕らえられた。
その状況では流石に呑気に髪を結われる気にはなれない。
だから最低限の身だしなみだけ整える。
周囲から見ればそれは本当に最低限のものでしかない。
そんな姿で人前に出るなど、と恐らく批判を浴びることになるだろう。
それでもいいとルルーシュは思っていた。
長い長い廊下は、目的の場所までまだ続いている。
幼いころ、同じように歩いた廊下。
周囲の静止を聞かず、ただ突き進むのみ。
そして辿り着いた扉の前、やはり周囲が咎めるのも構わずそれを押し開く。
前方の玉座で、父親は座っていた。
その皺のある口元が面白いという風に歪む。
「相変わらずだな。よく戻った、我が娘ルルーシュよ。」
「我が騎士を解放していただきたい。」
「騎士・・・あの名誉ブリタニア人か。まだ任命式すら行っていない男に随分と拘るものだ。」
「そのようなことはどうでもいいのです。早く・・・」
「アレの管轄は儂の知った処ではない。」
さして興味もなさそうに、言い放った皇帝にルルーシュは震えた。
管轄外なわけが無い。
彼はこの大帝国において最も強い権力を持つ者。
彼の一声さえあれば、全ては彼の思い通りに行くはずなのだ。
ただ、興味がないだけ。
今はまだただの軍人の、それも名誉ブリタニア人の為に、動くつもりはないのだと。
そういう目の前の男の姿勢に、ルルーシュは唇を噛みしめた。
恐怖でも、絶望でもない。
激しい怒り。
「・・・また貴方はそうやって・・・足下には目もくれないおつもりか。」
低く唸るような声が響く。
震える手をぎゅっと、爪が食い込むほど握り締めて。
「私やその騎士を弱者と捨て置くつもりかッ!」
皇帝は、哂った。
「ですから自分はシュナイゼル殿下の命により・・・!」
「まさか殿下に言いがかりでもつけるつもりか、貴様は。」
名誉ブリタニア人の癖に。
二言目には必ずその言葉が続いた。
それは仕方ないと割り切ることはできる。
そういう蔑みを受けると分かっていても、それでも軍人となることを選んだのだから。
「自分は命令違反、敵前逃亡はしていません。第三皇女にして我が主、ルルーシュ殿下を保護し、戦闘に参加せず、事態が収拾するまで身を潜めていろとのシュナイゼル殿下の命に従ったまでです。」
「シュナイゼル殿下は知らないと仰っている。」
「そんなっ・・・自分は!」
「さがれ。」
突如響いたのは凛とした、女性の声。
薄暗い独房の証明の中浮き出たような色は黒。
黒のドレスと黒の髪。
スザクは呆然として言葉を失った。
何故彼女がここに。
そんな疑問は思うように声になってくれない。
ルルーシュはスザクに銃を向けている軍人を睨みつけ、低く唸るように言った。
「どけ。」
「き、さま・・・ここは関係者以外・・・!」
「神聖ブリタニア帝国第三皇女、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだ。」
軍人は青ざめた。
そもそもルルーシュは長年あの塔の中で暮らしていたために、第三皇女の姿を目にしたものはほとんどいない。
そして例外なくルルーシュの存在を知らなかった軍人は、自分の発言が不敬であるということを知って震えだした。
ソレを見たルルーシュは表情を変えることなく言う。
「貴殿の今の発言は聞かなかったことにする。どういうことか、そして私が何を望んでいて貴殿が何をするべきか・・・わかるな?」
「イ、イエス、ユアハイネス!」
軍人は走って独房を出て行った。
勿論スザクの拘束が解かれたわけではないし、独房の鍵が開けられたわけでもない。
ただその空間にルルーシュとスザクを二人きりにする。
それが成されて、ルルーシュは一先ず安堵の息を吐いた。
足早に歩く。
独房の中で、スザクは信じられないような視線を送った。
「でん、か・・・」
「枢木」
ルルーシュは低い、何かを抑えたような声でスザクの名を呼ぶ。
スザク、ではなく枢木と。
ガラスのような独房の壁に手をついてしゃがみこんだルルーシュに、スザクは慌てて床を這った。
両手と両足が自由にならない今、それはとても難しい動作で、そしてとても情けなく見えるだろうが、そんなことは気にしていられなかった。
「殿下・・・どうして・・・」
「私はお前の主だ。」
ルルーシュはその瞳にうっすらと涙を溜めていた。
「自分は・・・殿下に酷いことを・・・だからここで処刑されても・・・」
「許さない・・・ここで死ぬことは。私がさせない。」
とうとう涙が零れ落ちる。
白い頬を伝う雫がとても綺麗に見えて、スザクは何も言えなくなった。
ルルーシュが微笑む。
「お前の主として・・・ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとして命じる。」
「殿下・・・」
「私がこの生を終えるその時まで・・・生きろ。」
YourHighness
ただ静かにそう呟いた声が、独房の壁に反響した。
皇帝の口調が普通なのはただ単に私がめんどくさがったからですw