「スザク、さっきのナイフはまだあるな?」
ニヤリと笑ったルルーシュに、スザクは「ああ、ついに切腹か・・・」と他人事のように呟いた。
非常用のそれはサバイバルナイフで、それで腹を掻っ捌いたら痛いだろうなと思う。
スザクはそれを懐から取り出し、鞘から抜いた。
硬い地の上に正座してナイフを逆手に持ち、ふぅっと息を吐く。
そして叫ぶ。
「我が人生に一遍の悔い無し!」
「待てスザク!!一体何をするつもりだ!!」
へ?と目を開けたスザクは、恐らくナイフを受け取ろうとしたであろう手を差し出したまま目を剥いているルルーシュを見た。
ああ、殿下が自ら手を下してくれるのかと思っていたら、それを読み取ったらしいルルーシュは呆れ顔を浮かべた。
「お前はいい加減切腹という考えから離れろ。」
「ちがうんで、す、か?」
「お前が切腹する理由がどこにある。それとまた敬語に戻っているぞ。」
「あ、は・・・・うん。ごめん。」
ナイフを受け取ったルルーシュがぎこちない動作でそれを握り締めるのをハラハラとしながら見つめていたスザクだったが、その切っ先が向けられている場所を見て絶句した。
思わずナイフを奪い取る。
ルルーシュは不機嫌そうに睨み付けてきた。
「何をする。」
「何をする、じゃない!君こそ何を・・・」
「髪を切ろうとしただけじゃないか。」
「ナイフで!?駄目だよそんなの、傷んじゃうじゃないか!」
「仮に傷んだとして、何か問題があるのか?」
大有りだと、流石にそうは叫ばなかったが。
スザクは思わず頭を抱えてしまった。
「だって重いんだもの。よくもまぁ私もここまで伸ばしたものだよ。どのみち毛先は少し焦げてしまっているから、ある程度は今切り落として、宮殿に戻ったときにでも整えればいいじゃないか。」
「うー・・・」
「何がうー、だ。じゃあお前が切ってくれ。」
「ええ!?」
そんな、自分が君の髪を?
あからさまにそう言いたげな表情を浮かべたスザクをルルーシュは急かして、無理やりナイフを握りこませた。
「思い切り頼む。」
「お、思い切り・・・?」
「ああ、そうだな・・・肩につかないくらいがいい。」
「だだだだめだよそんな短いの!折角キレイな髪なんだから!」
「恥ずかしいことを言うな!」
結局髪を切りたくないと主張したスザクと肩につかなくなるくらいの長さまで切りたいと主張したルルーシュはお互いに妥協し、スザクの手によって髪にナイフが入れられた。
その妥協の結果、髪の長さは腰あたりまで。
切り口はざっくばらんになるから、長めに残しておいてあとで整えようと話し合った。
ぷつぷつと少しずつ髪が切れていく。
勿体ないとスザクは落胆したが、ルルーシュは至極満悦気味だった。
切り落とした髪をスザクは一纏めにする。
その様子をルルーシュはじっと見つめていた。
「スザク」
「ん?」
「私は、こちらの方がいい。」
「何が?」
少し頬を染めて、俯いて。
少し上目遣いの視線を向けたルルーシュに、スザクの心臓がドクリと音を立てる。
「私がお前を『スザク』と呼んで、お前が私を『ルルーシュ』と呼ぶ。私はこの方が自然だと思うし、私は・・・」
「なりません。」
スザクは重く口を開いた。
その声は低く、今まで見たことの無いようなスザクの硬い表情にルルーシュが身構える。
「自分は殿下の騎士になる人間です。殿下のことを名前でお呼びするのは救援が来るまでであって、それ以降は・・・」
まるで何かを断ち切るように。
これ以上踏み込んでしまわないように。
涙が浮かびそうになるのを感じながらも、何とか堪えて言葉を吐き出す。
それこそ苦しげに、呻く様に。
「私はその・・・お前にずっと傍にいてもらいたい。勿論お前の意志は尊重するつもりだから、私の元を去りたいというのなら止めることはできない。ただもし、お前が私のことを・・・」
「もうこれ以上は辛いんです。貴方の命令だから仕方なくやってきたけど辛くて辛くて仕方が無いんです。耐えられないんです。貴方は自分の位置からでは手の届かない人間だ・・・そう思うしか自分は自分を保てないんです。だからそうやって・・・簡単に近づいてくる殿下が俺の首を絞める。」
何かが壊れる音がした。
「スザク・・・私はッ・・・んっ!?」
ルルーシュは身を強張らせた。
目前にスザクの顔が迫ってきたと認識したときには既にその唇を貪られていたのだ。
乱雑に動くスザクの舌がルルーシュの唇を割り、歯列を割り、押し入ったその先で舌を絡めとる。
そこから何もかも吸い取られてしまうような感覚。
ぞくりと背筋が凍る。
それなのに熱さで脳は思考を止め、生理的に浮かんだ涙が視界をぼやけさせた。
しばらくそうした後離れていったスザクをルルーシュは信じられないという表情で見つめる。
スザクの視線は、いつものような柔らかいモノではなくて、もっと鋭利な刃物のようなそれで。
「す、ざ・・・」
「謝りません。解任するなり処刑するなり好きになさってください。」
訪れた静寂。
それを割るかのように、救援を知らせる通信機の電子音が鳴り響いた。
はい、この話でも枢木は狂気です、ちょっとだけ。