パチパチと焚き木が爆ぜる音がする。
目の前で燃える橙は、まるで炎に包まれたあの塔を彷彿とさせた。
タオルに包まり、膝を抱えてじっとそれを見つめているルルーシュと、そんな彼女を見つめるスザク。
沈黙は重い。
ルルーシュは考えていた。
心臓が煩い理由を。
スザクは絶望していた。
沈黙を守るルルーシュは、自分が彼女の素肌を見てしまったせいで怒っているのだと。
そして同じように沈黙を守っているスザクが、自分の女らしくない身体にがっかりしているのではとルルーシュが打ちひしがれる。
そんな無限連鎖が繰り広げられていることを二人は知らない。
((この沈黙・・・どうしよう。))
行動を起こしたのはスザクだった。
「で、殿下!自分は何か食べれる木の実を探してきます!」
「・・・いい、ここにいろ。」
会話終了。
項垂れたスザクは炎の中に焚き木をくべて、情けないと己を罵りながら息を吐いた。
「・・・枢木。」
「は、はい!」
「お前は・・・私の命令だったらなんでも聞くのか?」
「・・・可能な限り・・・は。」
できることなら、先ほどのような命令は勘弁したいが・・・と内心思ったのだが、それをスザクが口に出すことは無かった。
引きつった笑みを浮かべたスザクに、ルルーシュは自らの膝をぎゅっと強く抱きこんだ。
その表情は泣きそうでもあり、苦しそうでもあり。
明らかに何か悩んでいる。
殿下・・・とスザクが声をかけようとしたとき、ルルーシュは小さな声で呟いた。
「枢木・・・命令だ。」
「・・・はい。」
「今だけでいい。私の、身分を忘れろ。」
身分を忘れる。
その意味がスザクには理解できなかった。
何かを『忘れろ』という命令はこれで二度目だ。
以前は気が触れているフリをするために、会話したことを忘れろと命じられた。
今回忘れる対象らしいものは『身分』。
呆気にとられてスザクは動けなくなる。
ルルーシュは少しだけ、泣きそうな表情を浮かべていた。
「私は誰だ?」
「・・・ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア殿下であらせられます。」
「だからそれを忘れろと言っている。」
「それ・・・は・・・」
身分を忘れるということは、主ではなくなること。
主と騎士。
その関係を消し去るということ。
意味を理解したはいいが、それはおいそれと頷けるような内容では到底無かった。
「その命令には・・・」
「従えないと・・・そう言うのか。」
あまりにも彼女が、泣いてしまいそうな表情を浮かべたから。
スザクは言葉を失って、思わず俯いてしまった。
落ち着けと何度も何度も心の中で念じる。
「何を、すればいいのですか・・・。」
「・・・私のことは、ただ・・・ルルーシュと。敬語も要らない。」
呼び捨て。
よりにもよってだ。
勿論そんなことを許される立場ではないし、悲しいことにそこまで親しい仲とも思えない。
何より。
ただの男と女として接し、名前を呼んでしまったら。
(僕はもう、傍にいられなくなるかもしれない・・・)
大きく膨らんだ感情は今か今かと爆発のときを待っている。
ほんの少しの切欠さえあれば、その箍は簡単に外れてしまうだろう。
外れた後、彼女を傷つけないという保障も無い。
スザクは震えた。
その様子にルルーシュも絶句して、小さな声で「やっぱり、いい。」と呟いた。
「私の存在が・・・そんなにもお前を苦しめていたとはな。」
「でんっ・・・」
「城に戻れたら、騎士の話は白紙に戻すように取り計らうよ。」
「違います!自分はそんなつもりではッ・・・」
「・・・ならば言うとおりにしろ。理不尽な命を下す酷い主だと後から罵ってもいい・・・だから、今だけは・・・」
私はずるいな、とルルーシュは笑った。
それでスザクはもう何も言えなくなって、何かに耐えるように俯いた。
震える唇を動かす。
咽がヒュっと音を立てたりもしたが、ルルーシュから視線が送られていることに気付いていたために構うことなくか細い声を出す。
「る、るるー・・・しゅ・・・」
呼ばれた名に、彼女はふわりと顔を綻ばせて。
「スザク」
スザクの思考を停止させるには、それで十分だった。
「ややややややっぱり無理です!!!!」
「なっ、なぜだ!!」
「だって殿下が僕・・・いえ自分のことを呼び捨てだなんてそんなっ!」
「・・・そっちが駄目なのか?」
「いやそうじゃなくて!!!」
その後しばらく、二人の言い争いは続いた。
ルルが乙女すぎた。