「申し訳ありません・・・。」
「い・・・いや、お前が謝ることではないよ。」
首都から遠く離れた、薄暗い森の中。
うっそうと茂る木々の中に白い機体が鎮座している。
切り株の上に腰を下ろしたルルーシュの前で。
スザクは土下座していた。
(・・・情けない。)
スザクは涙目だった。
シュナイゼルの命令によりルルーシュを連れて逃げたのだが、途中でランスロットのエナジーフィラーが切れてしまったのだ。
『ランスロット・エアキャヴァルリーはまだ調整中で、フロートユニットを含めてのエナジーフィラーは計算外なのよ。だからあまり長い間の飛行はまだ無理なの。』
発進前にセシルにそう言われていた事をすっかり忘れ、戦闘に巻き込まれない遠地まで飛んだはいいものの。
途中でエナジーフィラーが切れ、森の中に不時着したのだ。
「残り少なかったエナジーフィラーを使ってこの位置情報を連絡しておきましたので、戦闘が収拾すれば救援が来るとは思うのですが・・・」
「ならばいい。暫くこの森に身を潜めるとしよう。」
ゆっくりと立ち上がったルルーシュは空を見上げてぐるりと一瞥した後、一歩足を踏み出した。
裸足のままだったそれにスザクが気付いて、一声かけてからルルーシュを抱えあげる。
その拍子にカシャンと何かの金属音が響いた。
スザクがその音の発生源を目で追うと、地に落ちているそれに気付く。
ルルーシュの足についていた、鎖。
鍵を奪われ解くことができなかったその拘束具はどうやら火事の熱で壊れてしまったらしい。
顕わになったそこの、スザクのハンカチから除く白い足が赤くなっている。
「足を冷やさなければなりませんね。」
「・・・なんでもない、こんなもの。」
「いけません。痕が残ってしまいます。」
そう言って、スザクは歩き出した。
草が生い茂った地をしっかりと踏みしめて、しかしルルーシュには振動を伝えないように静かに歩く。
その歩みには何か確証のようなものがあるのか迷っている様子がない。
疑問を感じてルルーシュは首をかしげた。
「どこに向かっているんだ?」
「あちらの方から水の匂いがします。恐らく湖か何かがあるかと。」
「・・・は?」
水の匂い。
目を剥いたルルーシュが匂いで何かを感じ取ろうとするが、ここは森の中だ。
せいぜい木々や土の匂いしか分からない。
この中から水の匂いを嗅ぎ取ったとでもいうのか。
そうこうしているうちに本当に小さな泉に到着してしまったのだからもう驚きを通り越して何がなんだか分からない。
目を瞬かせているルルーシュに気付かないスザクはルルーシュを岸辺に下ろす。
腰掛けたルルーシュの足が水に浸されて、それが気持ちよかったのかルルーシュはすっと目を細めた。
「非常用物資として積んであったタオルがありますので、一声かけてください。」
「そうか・・・では枢木、こちらへ。」
手招きを受けてスザクは首をかしげながら歩み寄る。
どうも嫌な予感がしてならない。
言ってはいけない・・・というか、言うべきではなかったことが、今までの自分の言動に含まれていないだろうか。
そして一つの可能性を見出し、思わず身構えてしまった。
一方ルルーシュは長い髪をまとめた後前のほうに垂らして。
その時点で嫌な予感を感じたスザクは無意識のうちに一歩さがった。
「ファスナーを下ろしてくれないか。」
やっぱりか!
顔を赤くしてスザクが目を逸らす。
垣間見えた項ですらスザクにとっては甘い蜜で、猛毒だ。
いくら彼女が主で自分がその騎士だからといって、それ以前に自分は男なのだと。
彼女に分かって欲しいのだが、どうやら無駄らしい。
「枢木、どうした。」
どうしたもこうしたもない。
そう言えるものなら言ってしまいたかった。
スザクはルルーシュの騎士。
ルルーシュはスザクの主。
そんな間柄であるがゆえにスザクは今までルルーシュへの恋心を内に秘めてひた隠しにしてきた。
そしてそんな間柄であるがゆえに。
スザクはルルーシュの命令には逆らえない。
例えその命令が、あまりにも拷問染みたものでも。
スザクにとってルルーシュは、主であると同時に「女性」なのだ。
「で、でんか・・・その・・・」
「ん?どうした、顔が赤いぞ。」
「その・・・自分は男でありまして・・・」
「見れば分かる。別に今それは関係ないだろう。」
「・・・はい。」
関係大アリです、とは言わなかった。
なるべく直視しないようにファスナーに手をかけた。
ジーっという音に呼応するかのように心臓が脈打つ。
「・・・別に私は気にしない。入浴などどうせ幼いころから侍女にやらせてきたことだ。今更恥ずかしくも無いし、そもそも見られて困るような身体でもない。」
女性らしい凹凸などあってないようなものなのだから。
そんなルルーシュの言葉は既にスザクの耳には届いていなかった。
もう限界だと判断し、勢いよくファスナーを下ろし終え、足早に背を向けて茂みの中に逃げ込む。
本来ならば服をすべて脱がせ、その服を畳んでおくのが模範的。
しかしそれは、それをやるのが侍女だったらの話。
これ以上は今のスザクには無理だった。
「じ、じぶんはここでみはりをしていますので!ごごごごゆっくり!!」
「・・・変なヤツだな。」
茂みの奥で背を向けているスザクに苦笑しながらルルーシュはドレスを脱ぎ捨て、それまで足だけ入れていた水の中に全身を預けた。
熱った身体に程よい冷たさ。
身体は煤だらけだったらしく、水が少し汚れていくのに申し訳なさすら感じた。
これから、どうなるのだろう。
そんなことを考えたとき、足下にある大きな石らしき硬いものにバランスを崩された。
「ほぁ!?」
大きな水飛沫の音。
茂みの中のスザクは心を落ち着かせるために母国の念仏など唱えていたのだが、その音と主の悲鳴らしき声に我に返って茂みを飛び出した。
「殿下!!」
湖の中心に広がる大きな波紋。
その渦からまた飛沫をあげてルルーシュは顔を上げた。
ゲホゲホと咳き込むルルーシュにスザクは慌てて駆け寄り、湖に飛び込もうとした。
そして再びそこで我に返る。
なんてことを。
「あああああああもうしわけありません!!!」
「けほっ・・・何が・・・っ!?」
噎せて涙を浮かべていたルルーシュもぴたりとその動きを止めた。
湖の深さは腰あたりまで。
一糸纏わぬルルーシュの身体は、惜しげもなくスザクに晒されていたのだ。
(なんで・・・え・・・なんでこんなに恥ずかしいんだ・・・!?)
思わず両腕で身体を掻き抱き、湖の中に身を沈める。
ルルーシュは顔がどんどん熱くなっていくのを感じた。
恥ずかしくない、はずだった。
先ほどスザクに伝えたとおり、入浴はすべて侍女に任せていた。
気が触れているフリをした時には手におえなくなった侍女の補佐で男性が来たこともある。
恥ずかしくもなんとも無かったはずなのに。
(どうして・・・)
ドクドクと脈打つ心臓をどうにかする前に、非常用のナイフを手に切腹を決め込もうとしているスザクをどうにかしなくてはならないということにルルーシュが気付くのはその次の瞬間のことだった。
ルル子さんがようやっと「スザク=特別な男性」を自覚・・・してないかもですが。
王道ちっくなサバイバルですが、やはりスザクさんは私の中で野性児(違)なイメージです。
無人島に何か一つだけ持ってけるとしたら?って聞かれたら間違いなくスザク!って答えるねb