「ゲホッ・・・」
痛む喉を気遣いながら咳を一つして、ルルーシュは額に浮かんだ汗を拭った。
熱い。
それもそのはずだ。
今、塔は燃え盛る炎に包まれている。
ルルーシュがいる部屋に火は無いものの、扉を一枚くぐればそこは火の海。
耐火性に優れた部屋に感謝した。
しかし火に強かったところで上がる黒煙はどうすることもできないし、熱せられた壁や床の石はとてつもなく熱い。
熱はルルーシュの足についた鎖にも影響を与えている。
擦れて傷がつくのを心配したスザクが枷と皮膚の間にハンカチを入れ込んでくれていなければ、とっくに足首は火傷で爛れていただろう。
煙を吸って死ぬか、迫っている火に焼かれて死ぬか、火を逃れ窓から飛び降りて死ぬか。
残された道といえばそれくらいだ。
外へと続く長い階段は油が撒かれていたのか可燃材もないのに燃え盛っている。
「ナナ・・・リ・・・」
救い出してやれなくて、ごめん。
再会を果たすことが出来なかった妹に静かに詫びる。
恐らくこの火災はルーカスの仕業だろうと、ルルーシュは見当をつけていた。
正気を取り戻した操り人形。
どうせ口封じの為とかそういう目的だろう。
ナナリーに危害が及んでいないことを願うばかりだ。
次に思い浮かんだのは一人の男性。
「枢・・・木・・・」
哀れな騎士は解放される。
そう信じることにした。
彼が束縛から解き放たれれば自分は迷い無く逝けると。
皮肉にも似た笑みを浮かべた。
スザクだけが、声をかけてくれた。
スザクだけが、花をくれた。
スザクだけが、触れてくれた。
スザクだけ、が。
ぼろっと、瞳から大粒の涙がこぼれる。
涙の理由が分からなくて、呆然と熱い頬に手を伸ばした。
指先に触れるのは確かに水のような感触だ。
すぐ乾いてしまったその雫の代わりに、新しい雫が次々とあふれ出して頬を伝う。
「なん・・・で・・・」
未練など無かったはずなのに。
ははっと笑って、手で顔を覆った。
「枢木・・・枢木、スザク・・・」
嗚咽がこぼれた。
周囲から「気がふれている」と囁かれ、噂され。
実際は正気を保っていたつもりでも、もしかしたらどこか気がふれていたのかもしれない。
だから一人は怖くなかったし、一人がいいと思っていたし、闇に閉ざされた空間が心地よかった。
しかし今はそれらがとてつもなく怖い。
一人で逝くことも、闇の中で身体を焼こうとする炎に遮られた空間も。
まるで子供のようにしゃくりあげる。
何故、こんなに涙が出るのだろう。
そう考えて、初めて。
自分は「生きたい」のだと、胸の内を渦巻く感情の意味を理解した。
理解してしまえばもうそれは抑えきることができずに爆発する。
生きたい、まだ死にたくない。
スザク。
心の中でそう呟いた、その時。
『・・・か・・・殿下!』
聞こえるはずの無い声に耳を疑う。
窓から身を乗り出すと、目の前はやはり燃え盛る炎の壁。
しかし時折聞こえる声を探って周囲を見回すと、そこには一機のKMF。
その白いフォルムは噂に聞いたあの機体。
「ランス・・・ロット・・・?」
『殿下!テーブルか何かの下に身を潜めてください!』
「枢、木・・・」
『早く!』
促されるままに、途中転びそうになりながらもテーブルまで走って、その下に潜り込んだ。
身を硬くしていると耳を劈くような音と共に塔が揺れる。
風が舞い込んできて、靡く髪を押さえながらテーブルの下から顔を出すと、見上げたそこは部屋の天井ではなくて炎で赤く染まった夜空だった。
ランスロットが塔の上を全て破壊したのだと分かった。
しかしルルーシュが驚くのはそこではなくて、KMFが空を飛んでいるというところだ。
白い騎士が赤の翼で空を舞う。
ランスロットは崩壊しかけの塔に取り付いてルルーシュにその機械の手を伸ばした。
呆然と立ち尽くしていたルルーシュもその手に走りよってしがみ付く。
ランスロットはその細い身体を壊してしまわないように細心の注意を払ってそっと包み込んだ。
足についている重石もそのまま持ち上げえる。
ふわっという浮遊感。
思わず目を瞑ったルルーシュがやがておそるおそる目を開けると、やはりそこは空だった。
燃え盛る塔が下方にあって何とも不思議な気分だ。
『殿下、お怪我はありませんか!?』
「だ、大丈夫だ。」
『よかった・・・一先ずはブリタニア宮にお連れいたします。』
吹きすさぶ風に、しがみ付く手の力を強めた。
長すぎる髪はランスロットが身体を固定してくれているのと一緒になっているからそこまで乱れることは無い。
熱った身体を撫でていく風が気持ちよくて思わず目を伏せる。
しかしそれからすぐ、『え!?』というスザクの声に目を開けた。
「なんだ・・・アレは・・・」
首都ペンドラゴンにあるブリタニア宮は皇帝でありルルーシュの父にあたるシャルル・ジ・ブリタニアが住まう宮殿だ。
それが、燃えている。
美しかった外壁は崩され瓦礫と化している。
数十機にものぼる自軍のKMFと、そうでない数十機のKMF。
何者かに攻められているのだ。
燃え盛る炎に、首都に暮らす人々が逃げ惑っているのが見える。
スザクは慌てて軍本部に通信を繋いだ。
『こちらランスロット・・・自分は第三皇女ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア殿下が筆頭騎士候補、枢木スザクです!応答願います!』
通信のノイズが激しく聞き取りづらい。
そのノイズが収まった途端に誰かの声が混じった。
モニターに映し出されたのは金髪の男性。
『第2皇子シュナイゼル・エル・ブリタニアだ。ランスロット、聞こえるかい?』
『はい!』
『君の活躍は聞いているよ。現在EUが首都ペンドラゴンのブリタニア宮に攻撃をしかけている。応戦してもらえるだろうか。』
『恐れながらっ・・・』
スザクは焦っていた。
戦闘に参加できるものならしたい。
守るために、軍に入ったのだから。
しかし。
『数刻前、ルルーシュ殿下のおわす塔に火が放たれ、救出した殿下と今自分は一緒にいるのです!』
『何?』
ランスロットの手にはまだ、ルルーシュがしがみ付いている。
彼女を持ったまま戦闘に出れば、彼女の命は保障できない。
そんな危険な目に合わせるわけにはいかないのだ。
だから、まずは彼女を何処かに避難させたいとスザクは訴えた。
シュナイゼルはふぅっと一息つく。
『君は戦闘に参加しないでくれ。これは命令だ。』
『殿下・・・!?』
『こちらにももうすぐ援軍が来る。君は夜が明けるまでルルーシュの傍を片時も離れず、戦闘が終息するまで身を潜めていなさい。何としても守り抜くんだ。』
絶句した様子のスザクに、シュナイゼルは通信の向こう側で苦笑した。
『大切な妹を心配する兄が、君には滑稽に見えるのかい?』
弾かれたように身体を震わせたスザクは慌てて首を横に振る。
それにシュナイゼルも安心したようで、穏やかに微笑んだ。
『ルルーシュを、頼んだよ。』
『イエス、ユアハイエス!』
ランスロットはぐるりと方向を転換する。
ルルーシュが驚いたような声を上げたのが聞こえた。
この連載におけるシュナ兄さまはいい人なうえに詰めが甘いです。
なんで攻め込まれてることにスザクもっと早く気付かないの?→ルルーシュのことで頭がいっぱいだからです。