仕える主の為に、花を摘んでいくことは毎日の日課だった。
まだ、彼女自身の好きな花は教えてもらってはいない。
だから、彼女が何よりも大切にしていた妹姫の好きなガーベラを摘む。
しかしある日、その花畑に先客がいた。
彼女は簡素なドレスを纏っていて、車椅子に腰掛けていた。
瞼が閉じられているところを見ると、目が見えないのかもしれない。
彼女が、こちらに気付いた。
「どなたか、いらっしゃるのですか?」
幼さの残る声。
彼女は周囲を探るように首を動かした。
「あ、あのっ・・・自分は・・・」
「もしかして・・・枢木スザクさん、ですか?」
「え、どうして・・・」
彼女は微笑むだけだった。
視覚を失っている分、何か敏感に働くものがあるのかもしれない。
「あの方は、お元気ですか?」
「え・・・」
「貴方が騎士として仕えていらっしゃる方です。」
思わず言葉に詰まってしまう。
ルルーシュは、対外的には『気が触れている』ということになっている。
お元気です、と答えれば訝しがられるかもしれない。
彼女は暫くして、首を横に振った。
「ごめんなさい、困らせてしまって。答えてくださらなくて結構です。」
その代わり、と。
彼女が手を差し出した。
「お手を。」
「いえ、しかし・・・」
相手はどうやら皇族。
軽い気持ちで触れてもいい身分ではない。
主であるルルーシュならばまだしも、ここで滅多なことをすればルルーシュにいらぬ飛び火がいかないとも限らないのだ。
「大丈夫、私と貴方だけの秘密です。」
言われるがままに、おずおずとその手を取った。
彼女は暫くその手を握り締め、表情を綻ばせた。
「そうですか、よかった。」
「あの・・・」
「これからもどうか、守ってください。お願いします。」
「自分は・・・」
「今日ここで私と会ったこと、誰にも言わないでくださいね。」
呆然とするスザクをよそに、彼女は車椅子の方向を変えてその場を去ってしまった。
「・・・そんな、ナナリー・・・!」
ぼろっと、大粒の涙が零れ落ちる。
それもそうだろう。
何よりも大切な、死んだと思っていた妹が生きていた。
しかし、何故。
そう思いながらハンカチをルルーシュに差し出す。
彼女は黙ってそれを受け取って目元に押し当てた。
「あの、殿下・・・」
「私を、壊そうとしたのか。あの子を利用して。」
ルルーシュの瞳には今までと違う光が宿っていた。
憎しみ。
誰よりも愛していた妹を利用され、ルルーシュは怒りに震えた。
ジャラッと鎖がすれる音がする。
立ち上がったルルーシュは室内を移動しようとしたのか足を踏み出す。
そこですとんと再び座り込んでしまった。
「殿下!」
「あ、いや・・・すまない。ナナリーが生きていてくれたのが嬉しくて・・・」
腰が抜けたとでもいうのだろう。
それを微笑ましげに見つめた後スザクはポケットから一つのフックを取り出した。
怪訝そうに見つめるルルーシュをよそに、彼女の足についている鎖の先の重石にそのフックをかける。
そしてそのまま自らの腰のベルトに括り付けた。
「枢木?」
「どちらに行かれますか?」
「あ・・・あそこの本棚に・・・」
「イエス・ユアハイネス。」
失礼しますと声をかけてルルーシュを横抱きにすると、腰についた重石をものともせずに室内を移動し始めた。
驚いて目を剥いたルルーシュはされるがままになっていたが、やがて本棚の前に着くと眉を寄せた。
「重く・・・ないのか?」
「重石が、ですか?それほどでも・・・」
「違うッ・・・その、私が・・・」
思わず、情けない顔を浮かべてしまった。
意味を理解して微笑む。
「羽のような軽さですよ。」
「・・・胡散臭い。」
「ええ!?」
顔を真っ赤に染めたルルーシュはそれを悟られないように本棚に向き直り、数冊の本を出した。
それを膝の上に重ねて、一番上にある本をぱらぱらとめくる。
上から見下ろすように本に書かれている文字を見たスザクだったが、内容が難しくとても理解できるようなものではなかった。
帝王学らしいその本を閉じて、残りの本と共にスザクに手渡す。
「殿下?」
「ベッドの脇にでも置いておいてくれ。」
「イエス・ユアハイネス」
それから何とか立ち上がったルルーシュは、どこからか2本のリボンを取り出した。
淡い紫の、手触りのいいものだ。
それもスザクに渡す。
「もし、どこかでナナリーに会うことができたら・・・渡してくれ。」
そう言ったルルーシュの表情はまた色を変えていた。
決意。
何を決意したのかスザクにはわからなかったが、そのリボンを大事にしまった。
胡散臭い枢木さんはまだしばらく続きます。