今までルルーシュ・ヴィ・ブリタニアには何人も、形ばかりの騎士が就いたらしい。

それらの騎士達は皆所謂『厄介払い』された者達だった。

『問題を起こしても出身が名門貴族で、公に裁けない』というのがいい例だ。

そういう者達はルルーシュの元に送られ、『気が触れている』ルルーシュに耐え切れず騎士を辞任する。

一筋の光も射し込まない部屋で、一日中何もせずにぼーっと過ごしている、幽閉された皇女。

その『騎士』の任に耐え切れる者は滅多にいない。

騎士を自ら辞するのは中々に不名誉なことだから、大体はそのまま表舞台から姿を消すのだ。


「殿下」


『姫様』はやめた。

殿下、でも彼女は少し嫌そうに顔を歪めたが、では何と呼べばと問えば押し黙る。

そのまま殿下で定着した。

ルルーシュはやはり一日の殆どをぼんやりと過ごす。

気が触れているわけではない。

それは以前普通に会話が出来ていた事を踏まえればわかる。

会話は必要最低限。

それでも進歩はある。


「殿下、紅茶が入りました。」


スザクが淹れた紅茶に、ルルーシュは口をつけるようになっていた。

自惚れてはいけないと言い聞かせても、どうしても心は弾む。

口に含むものを受け取ってくれるということは、警戒を弱めていることと同じだ。

毎日少しずつでも会話するようにしているから、喉の掠れも大分治まったように思える。

それでも常にのど飴は常備してあるが。


「枢木」


本日のルルーシュの第一声。

おい・・・でもなく、ちょっと・・・でもなく。

自分の名前だったならその日はいい日になれる。


「どうなさいましたか、殿下」

「カーテンを閉めろ。」

「は・・・」

「ティーセットも片付けておけ。その飴も。」


いきなりそう言われて、スザクは何がなんだか分からない。

暗幕、もといカーテンは最早全開だ。

何故今更。

そう感じずにはいられない。

言われるがままにカーテンを閉めたスザクは、ぼんやりとしか見えない彼女の顔を凝視してしまった。


「枢木」

「は、はい!」

「私と言葉を交わしたこと、全て忘れろ。」

「・・・は?」

「お前は私と『会話したことはない』。いいな?」

「イ、イエス・・・ユアハイネス・・・」


それっきりルルーシュは黙り込んでしまった。

何があったのか。

しばしの沈黙の後、聞こえたのはルルーシュの声ではなく、ドアをノックする音だった。

ルルーシュが静かに目配せしたのを見てスザクはドアを開いた。


「おや、君は・・・」


まだいたのかね。

現れた中年の男性は、皮肉を込めるようにそう言った。


「あの・・・」

「申し遅れた。私はヨハン・ルーカス。ルルーシュ皇女殿下の教育係を勤めさせていただいている。」

「は・・・自分はルルーシュ殿下筆頭騎士候補、枢木スザクです。」


彼は持って来たトランクの中から分厚い本を取り出す。

何かの教科書らしい。

ルルーシュは何も言わず、視線も動かさず、ただ空を見つめていた。

ヨハンは受け答えの無いルルーシュ相手に一方的な授業を展開し、たった30分ほどでさっさと出て行ってしまった。

それからルルーシュは黙って立ち上がる。

細く、あまり栄養を取っていない身体をふら付きながらも動かして、窓辺に向かうようだ。

足に纏わりついている鎖がジャラジャラと音を立てる。

彼女が立っても、その伸びた黒髪の毛先は床にすれていた。


「殿下?」

「・・・っ!」


ルルーシュは唐突に顔を歪めて座り込んでしまった。

スザクが慌てて近寄ると、ルルーシュは目に涙を溜めている。


「殿下!」

「・・・なんでもない。それよりカーテンを開けてくれないか。」

「は、はい・・・」


シャッとカーテンをあける。

眩しい日差しにルルーシュが目を細めて、それから長く伸びた髪を一房手にとった。

髪の毛が、鎖に絡まっている。

それを少しずつ解いていきながら、ルルーシュはため息をついた。


「あの男は、私を次期皇帝に据えようとしているらしい。」


「・・・え!?」

「教育係と銘打って私のところに通い、『気が触れている』私を陰から操ろうとしている。」


元々聡明で、今現在皇帝の椅子に最も近いと噂される第二皇子にも匹敵すると称されるルルーシュの頭脳。

皇位継承権などの問題を考えなければ皇帝の器としては申し分ない。

教育係として近づき、陰から操ることで、どういう手段を使うのかは謎だがルルーシュを即位させた後絶対的な地位を得る。

それが彼の目的なのだと、ルルーシュは言った。

スザクはその話を呆然と聞いて、それから一つの答えへとたどり着いた。


「だから先ほど、『会話をしたことを忘れろ』、と仰ったのですか?」


向けられたまっすぐな瞳が肯定を表していた。

あくまで『気が触れている皇女』を演じなければならない。

気が触れているということにしておけば、彼がもしルルーシュを次期皇帝に推したとしても周囲が認めるはずが無い。

忘れろと言ったのは、そのためで・・・。

意図を理解して、スザクは安堵の息を吐いた。


(・・・え。)


今度は自分の安堵の意図がわからず、スザクは思わず苦笑いした。

やがてひとつの可能性にぶち当たり、血の気が一気に下がる。

まさかそんな。

いや・・・でも。

いやいや、ありえない!

そんなっ・・・そんな!


「枢木?」

「は、はいいいい!!!」


葛藤の最中割り込んできたルルーシュの声に目を白黒させながら、スザクは紅茶を淹れてきますと踵を返した。

まさかそんな。


あまりにも報われない『恋心』の存在に、スザクは最早吐き気を覚えた。










ご都合主義すぎる@@;