手に一杯のガーベラを抱えて、スザクは機嫌も上々に塔の階段を駆け上がる。

日本の神社の石段よりも多いのではないかという段数だが、元々体力に自身のあるスザクには苦でもない。

きっと、花を渡せば次なる会話が出来るかもしれない。

それどころか笑顔を見せてくれるかも。


(・・・って。)


何を考えているのか、と一度立ち止まって頭を振った。

深呼吸して、また足を進めた。

己の中で変化していく感情に戸惑いながら階段を上りきって、いつもの扉の前にたどり着く。

ノックの音が壁の石で反響した。

やはり返事はない。

いつものことだ。


「失礼します。」


彼女は本当にいつもと変わりない。

絨毯の上に座り込んで、ただぼーっと何かを見つめている。

ただ最初の頃と違うのは、部屋の中がだいぶ明るいということだ。

暗幕はもう半分近くまで開いている。


「姫様」


呼びかけても彼女は反応しない。

そのまま部屋の中を歩いて、彼女の前に膝をついた。

花束の中から一輪だけ抜き取る。


「一輪いかがですか?残りは花瓶に挿しますから。」


彼女はそれをゆっくりとした動作で受け取った。

安堵の息を吐いてスザクは立ち上がり、花瓶を探す。

花瓶に水を満たして、そこにガーベラを突っ込んだ。


「枢木」


名前を呼ばれた。

誰に?

そう考えて、慌てて振り返る。

この空間には自分と、彼女しかいないのだから。


「は、はい!」


彼女・・・ルルーシュは、しっかりとスザクを見据えていた。

虚ろでもなんでもない、意志の強い紫玉。

彼女を形容する名前の由来にもある色。

ルルーシュはその目をすっと細めた。


「私の騎士は・・・やめろ・・・。」

「・・・っ・・・自分は、何か姫様の・・・」

「そうでは・・・ない。ただ、やめろ。」


静かに、それでもハッキリとした口調でルルーシュは言う。

スザクは何も言えなかった。

『何故ですか』だとか。

いっそのこと『いやだ』とか。

色々言おうと努力したのだが、思うように声が出ない。


「やめろ」

「何故、です、か」


途切れ途切れになってしまったが、やっと声は出た。

ルルーシュはじっとスザクを見つめる。

ああ、綺麗だと。

スザクは見当違いのことを考えてしまった。


「自分、が・・・姫様にご迷惑をかけたので、なければ・・・納得できる理由が欲しいです。」

「とにかく、やめろ。」

「自分が、名誉ブリタニア人だからで・・・」

「違う。」


最早『わぁ、姫様とこんなに話したの初めてだよ!』とか喜んでいる場合ではない。

喜びと戸惑いが鬩ぎ合って何がなんだか分からない状態だ。

ルルーシュは視線を窓の外に視線をやる。


「死んでいると、言われた。」

「え・・・」

「最初から生きていないのだと。弱者は必要ないのだと。」


ルルーシュの瞳から涙が零れる。


「私がいらないと言われるのは構わなかった。ただ、弱者はいらないと言われたら・・・ナナリーはどうなるのか。それを考えたとき、どうしようもなく怖くなった。」


直感で、7年前のことだと悟った。


「激情に、身を任せた。」


母の血を引いているにも関わらず体力は無かった。

力も弱かった。

それでもただただ恐怖し、絶望し、嘆いて。

手に馴染まない、むしろ持ったことの無い『人を殺す道具』を振りかざした。


「あの方は、逃げなかった。」


剣の軌道はまっすぐ彼に伸びたのに、彼は動かなかった。

重さに耐え切れず軌道がずれて、彼の腕を掠めた。

銀に光る刀身に母を染めた色が伝う。

途端に、怖くなった。

吐き気がこみ上げて、視界はぼやけた。


「私は殺せなかった。あの方はまた私を弱者だと言った。だから貴様は弱いのだ、と。」


けほっとルルーシュが空咳をする。

声は一層嗄れていた。

慌てて近くの水差しからグラスに水を注ぎ、それを手渡した。


「お前が何故私の騎士に選ばれたか分かるか?」

「いえ・・・その・・・」

「お前はアレに乗っているんだろう。新世代のKMF・・・ランスロットといったか。」

「あ、はい・・・」

「邪魔になったんだよ、お前が。名誉ブリタニア人のくせにKMFを乗りこなすお前が・・・お前しか乗りこなせないあのKMFが。この国は身分の低い者も弱者だ。私の母も・・・そうやって庶民という身分故に疎まれ、殺された。」


けほっとまたルルーシュが咳をした。

あまり声を出すことが無かったから、久方ぶりに話をして喉を痛めてしまったのだろう。

水を飲もうとしない彼女の手に自分の手を添えて、半ば無理矢理グラスを口元に運ばせる。

こくりと一口だけ飲み下して、彼女はグラスを口から離した。


「この塔に幽閉されたままの私の騎士ならば、お前はここから離れることが出来ない。KMFを駆って戦場に出ることも叶わない。ただそれだけの為にお前は私の騎士に据えられた。この、騎士を持つ必要も資格も持ち合わせていない私の騎士に。」

「ならば、尚更自分はここを離れるわけにはいきません。」


スザクはのたまった。

ルルーシュの目が見開かれたが、スザクは構わなかった。


「自分が軍に身を寄せたのは元々誰かを護りたかったからです。必要があればKMFも駆りますが、それが目的ではありません。貴方を護るためにKMFが不要ならばそれまで。そんなもの、必要ありません。」

「しかしお前はっ・・・」


ひゅっと嫌な音が鳴る。

それはルルーシュの喉から発せられた音だ。

途端激しく咳き込みだしたルルーシュの背を擦りながらグラスを渡す。

彼女の手は震えて、グラスの中身がちゃぷんと音を立てた。


「姫様、一度お休みになられてください。お話の続きは後ほど。」



また一口だけ口が付けられたグラスを取り上げて、失礼しますと声をかけながら身体を抱き上げた。












多分この連載もゼロルル並みに長くなると思います。
今書いてるのが19話あたりですから。
何が言いたいかといえば、スザクのエセ紳士ぶりはそのあたりまで続きますということです(笑)