「自分を・・・ですか?」


その日上司に告げられた言葉に、名誉ブリタニア人枢木スザクは目を剥いた。

騎士。

それはブリタニアに仕える者ならば誰もが憧れるものだ。

しかしそれは植民地化されたエリアのナンバーズがなれる地位では到底無い。

ナンバーズは所謂『弱者』。

戦争に負けた者。

『弱者』を良しとしない国是のブリタニアでは蔑まれる立場だ。

その名誉ブリタニア人に、騎士任命の知らせが届いた。

何故、という言葉しか口からは出ない。

皇族なんて雲の上の存在に見知った人間はいないし、軍での階級も准尉だ。

名誉ブリタニア人にしては高いほうだが、それでも決して高くは無い。


「自分を・・・ですか?」


もう一度同じ言葉を言う。

上司は困ったように笑いながら、パチパチと気の無い拍手をした。


「おーめーでーとー。これで特派は大事なパーツを一個失ったわけですねぇ!」


特別嚮導派遣技術部。

通称『特派』は軍では謂わば厄介者だ。

戦闘では出撃命令すら下されず、活躍の場といったものを持たない。

それでも第6世代ナイトメアフレームである『ランスロット』を開発し、掘り出し物の如く救い上げたスザクをデヴァイサーに据えて、戦闘に無理矢理介入した。

他のどの部隊よりも功績を挙げたからよかったものの、そのせいで煙たがられるという道を逃れられなくなってしまった。のだが。


「あーあ、これで特派も終わりですよぉ!」

「まぁまぁロイドさん。これでも食べて落ち着いてください。」


ロイドの口に何かが突っ込まれる。

されるがままに租借してごくんと飲み込んだ後、ロイドは目を細めた。


「セシル君、これ・・・なにかなぁ。」

「いいエピキュアーチーズが手に入ったんです。おにぎりの具にいいと思って。」

「・・・ロイドさん、臭いです。」


それを涼しげな顔でロイドは食べきったが、その臭いは消えることは無く。

むしろロイド自体から臭ってくるそれにスザクは顔を顰めた。


「でも本当に良かったわね、スザク君。騎士になれるなんて、とても名誉なことよ。」

「果たして本当にそうですかねぇ。」


え、と。

スザクがロイドを見遣れば、彼はにやっと笑った。



「噂では君が騎士になって仕える皇族、あの『黒紫姫』らしいよぉ?」









jamais vu













黒紫姫。




スザクはその名称を知らない。

それは一部の貴族しか知らない言葉だ。

結局いくら問い詰めてもロイドはそれ以上口を割らなかった。

彼女のことを無闇に口外すれば厳重な処罰が下る、とだけしか教えてもらえなかったのだ。

渡された黒衣の袖に腕を通す。

上質な手触り。

ところどころに銀の装飾が施された豪華なものだ。


「2、3・・・予め告げておかねばならないことがある。」


第2皇女の騎士であるギルフォードは神妙な面持ちで口を開いた。

ギルフォードに渡された剣を腰に差して、スザクは彼を見つめる。


「歩きながら話そう。殿下のお部屋は遠い。」

「は、い。」


遠い、とはどういうことだろうか。

スザクは疑問に思うも口に出すことは無かった。


「君が仕えるのは神聖ブリタニア帝国第3皇女、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア殿下。『黒紫姫』・・・と称されることもある。」

「黒紫姫・・・」

「殿下のお姿の色彩をそのまま表したお名前だ。だが・・・それを捩って『黒死姫』と呼ばれることもある。」


紫、ではなく死。

スザクが息を呑んだ。


「殿下はブリタニア宮殿の最も外れ・・・あの塔の最上階にいらっしゃる。」


ギルフォードが指をさした先を目で追うと、そこには小さく見える塔が存在していた。

それはただ、本当に遠くにあるから小さく見えるだけなのだという。

実際は、ブリタニア宮殿よりも更に上まで天を突いている塔らしい。

皇族は皆それぞれの后妃に宛がわれた離宮で暮らすことが多い。

しかしその第3皇女は、皇帝が住まうブリタニア宮殿の敷地内にその身を置いている。

疑問を抱いたスザクに気付いたのか、ギルフォードは小さくため息をついた。


「殿下は・・・現皇帝シャルル陛下を殺害しようとした罪で、幽閉されている。」

「殺害ッ・・・!?」

「あまり大きな声を出すな。」


ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。

神聖ブリタニア帝国第3皇女として生を受け、御歳17歳。

母であるマリアンヌは庶民の出でありながら騎士侯位まで登り詰めた女傑であり、その功績を讃えられて第5皇妃に召し上げられた異例の人物だ。

その母が、7年前にテロで身罷った。

その際に妹姫であるナナリーも足の自由と光を失う。


「その後だ。殿下が剣を持って皇帝陛下に詰め寄ったのは。」


その身にはあまりにも大きすぎる剣を持って。

目に涙を一杯溜めても、それでも憎悪に染まった表情で。


「それ以来7年間、殿下はあの塔に幽閉され続けている。」



言葉を、失った。









始めました・・・っていってもまだルル出てきてませんが。
相当王道を突っ走ったラブコメになるかもしれません(コメディは無理か;)
最後までお付き合いいただけると嬉しいです^^